Kyrie Rex Virginum
とべちんに会いたい、そりゃもう会ったら抱きしめて、交わりあって、お互いがわからなくなるまでドロドロになりたい
そんなことを考えながら司祭様の話はただひたすらに淡々と続いている
『カトリックでは昔から女性信者はミサの時にベールをかぶる習慣があり、洗礼を受けた女性の証という意味があります』
どうしてこうもこの学校は男女間違いがここまでハッキリさせようとしているのだろうか、確かに生物学的には同性同士の恋愛感情なんてものは異常かもしれないが誰かを愛する事に異常なんてものはないだろう。あぁとべちんに会いたい!
そうぼんやり考えながらスピーカーごしに聞こえる司祭様の言葉にあくびをつく、退屈だ!と全身で表現する紫原とは関係なく朝の祈りの時間は続く
『今週一週間の祈りの時間、女子生徒はベールを渡すのでベールをかぶって祈りましょう男子の皆さんには新しいロザリオ渡します』
シスターかそういうとロザリオとベールが配られ神に祈る時間が始まった
いつものように祈るみんなの姿を後ろから眺めながら同じように祈る格好をした
「(あー、こんな事意味あるわけねーし…でも一応祈らなきゃ…えと、神様神様、どうかとべちんに早く会えますように)」
最後に会ったのはいつだっただろうか、それすら忘れてしまった
会いたい会いたいよとべちん、心の中でつぶやいても届くはずのない言葉を目を閉じながら呟き続けた
同時刻、秋田駅で地図と駅の運賃表を交互に見て途方にくれている水戸部がいた
「(敦君がいつもやるみたいに『来ちゃった!』ってやりたくてこっそり秋田まで来たけど…陽泉高校ってどこの駅で降りたらいいか聞いておくんだった…!)」
後悔先に立たずとはこの事なんだろうな、とため息をつきキャリーバックを引きながら歩き出した
「(でも、いきなり来ちゃって迷惑にならないかなぁ…)」
帰れなんて言われたらどうしようかと悪い事がぐるぐると頭の中をよぎるがその時はその時だ!と水戸部は自分に言い聞かせ陽泉高校に行くであろうバスに乗り込んだ
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そう言えば今日はちゃんとお祈りをしてたんだな
氷室の声に紫原が振り向くと氷室は少し笑って珍しいなと呟いた
「別に、たまたまだし…」
「その割には小声で神様神様って言ってたじゃないか」
「なっ、盗み聴きは反則っしょ!!」
反則ねぇ…と呟く氷室に紫原は誰にも言わないでよねーと言い残し練習に戻った
「アチュシーダンクは控えるアルよーまたゴール壊されちゃたまんねーアル」
「アチュシじゃねーしアツシだし!」
「あっ、おいコラだからダンク以外をやれって言ってんだろ⁈」
「まあまあ、あのゴールは新品なんだからちょっとぐらい許してやるのもアリじゃろ」
「うっせ、アゴゴリラ」
「そーアルうるせーアルよモアラ」
「ワシの扱い酷くない⁈」
ワシだってたまにはみんなに優しくされたい!と嘆く岡村に福井と劉がさらにいじりだし氷室がクスクスと笑だすと監督の怒りが頂点に達し怒号が飛ぶ直前に体育館の扉が重厚な音を立て開かれた
「(すみませんここに紫原君いますか…?)」
「…⁈」
「(あ、敦君いた!)」
ぱぁっと来客用と書かれたバッチをつけて紫原に手を振り笑う水戸部に嬉しさのあまり思わず抱きつく
「ふぇー!?なんでとべちんいんの?!わー!わー!」
「(えっと、その、き、き、来ちゃった!)」
言った後に想像以上に恥ずかしさがこみ上げて来たのか水戸部は真っ赤にした顔を背けた
「〜っ!やっぱとべちんかわいいし!!」
「(わぁっ!)」
ぎゅう!と抱きつくと水戸部は苦しそうに手をバタバタ動かすが一回りも大きな体に抱きしめられたら逃げることはできない
「紫原!お前もう部活の邪魔だから帰れ!!」
辛辣な言葉とは裏腹に笑顔親指を立てる監督を見てまだ胸に水戸部を抱きしめている紫原は目を輝かせた
「雅子ちん…!とべちんいこ!」
「(う、うん?)」
いまいち状況がつかめていない水戸部の手を引きながら紫原は体育館から出た
水戸部に会えた事や特別に早く上がらせてもらえた事で一緒にいる時間が増えたことが嬉しくてしょうがなかった紫原は鼻歌交じりにとべちんとべちんっ!と水戸部に話しかけ上機嫌になった
体育館から出てすぐにこのリア充がーー!!と叫ぶ監督の声が聞こえたが聞かなかったことにしよう
「ね、ね、どこか行ってみたいところある?俺この学校だったらどこでも案内できるし!」
「(そうだなぁ…じゃあ、あそこに行ってみたい!)」
あそこ!と水戸部が指さす方向を見ると毎朝学校行事で祈りを捧げる聖堂だった
「えー…どうしても…?」
「(協会とか俺の家の近くにはないし一回も入ったことないから…入ってみたいなって思って…)」
一目でわかるほどしゅん…と落ち込んでしまった水戸部を見ていたたまれない気持ちになり紫原はああもう!わかったし!と、手を引きながら聖堂まで連れて行き扉を開けた
ちょうど窓から夕日が差し込み聖堂の中はオレンジの光に包まれてどこか幻想的だ
「(わぁあぁあ…!本当に教会だ…!)」」
「キリストの学校だから聖堂ぐらいあるしー」
わあわあと感動して写真を撮りまくる水戸部をよそに紫原はいつもシスター達が座っている椅子の近くにある段ボールの上にある白い物に目がとまった
どうやら配られたベールのあまりらしい
「(初めて教会に入ったけどまるで映画の中にいるみたい!)」
「とべちーん」
「(ん、どうしたの敦君?)」
「とべちん結婚式しよっか」
ふぇ⁉と奇声を発しながら一気に真っ赤になって驚く水戸部をよそに聖堂の奥まで連れて行き配られたベールの袋を破きながら取り出しおもむろに頭に被せた
「えぇっと…汝病めるときも、健やかなるときも生涯俺を愛すると誓いますか?」
「 (はい、誓います)」
いつの間にか緊張も取れたのか水戸部は穏やかな顔つきで紫原を見つめている
「俺もとべちんをずっと愛すると誓います」
そっとベールをめくりキスをした
少しかさついた唇が重なる
男同士で、思春期のこんな思いをきっと神様は許さないだろうな、と水戸部は思いながら唇を離した時に笑かけると紫原は水戸部を抱きしめた
でも、それでも祈る事をやめない、やめたくない。そう思いながら背中に逃腕を回し抱きついた
「とべちん、すき」
「(俺も好きだよ)」
神が僕らを許さなくても、それでも僕らは願い続ける祈り続ける。