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俺の片思いが予期せぬ方向に
突き進み始めた件について

小雪ちらつく冬のある日の夜、今吉に呼び出された花宮は木枯らしに吹かれる度に震えている。

「俺をこんな冬の寒い中呼びつけて何の用だ」
「いややなー、昨日お前が『あいつと二人っきりになれたら本当の気持ちが言えるかもしれない…』って呟いてんの見たから二人っきりになれるような作戦考えたから連れてきたんやないか~」

人の呟きを見るんじゃねぇよばぁか!と時間も時間なので小声で怒鳴る花宮をよそに今吉は時間を確認してそろそろやな、と独り言を言いながら歩き出した。

「それで、一体どんな作戦なんだよ」
「それはひーみーつーやで!」
「大丈夫かよ…」

一抹の不安を抱きながら小雪ちらつく夜道を歩きながら、今吉について行くと不安は現実のものとなった。

 

「ついたでー!雪化粧した水戸部家!」
「…おい、なんでここに来たんだよ」
「んぇ?花宮、水戸部君と二人っきりになって毎晩1人でマスかくやめたいんやろ?もうホーリーナイトにサイレントナイトで聖夜を性夜にオンリーナイトするんはいやなんやろ?ん?」

もうむやみやたらに呟くのをやめよう、そう心に誓った花宮は今吉がコソコソとしかしなんの迷いもなく水戸部家の風呂場の窓がある方に向かって行ったのを見逃さなかった。

「ちょっ、なにしてんだよ!」
「大丈夫やって、この時間は千草ちゃん明日の朝ごはんの仕込みしてる時間やしお風呂はもう入ったやろ」
「いやいやそうじゃねーよばぁか!」

今現在でも嫌われているのに、水戸部の兄弟の覗きなんてしたらこれ以上嫌われるのは確実だ。
万が一他の奴らにばれたらロリショタコンの覗き魔のレッテルを貼られかねない、なんとしてでも今吉の作戦を中止避けなければ、そんな気持ちでいっぱいになった。

「覗きなんて絶対にダメだ!今すぐやめろ!」
「入って来たで、水戸部君が」
「おい妖怪横に詰めろよ!見れないだろ?!」

先程までの正義感はすぐになくなり、風呂場で全裸の水戸部の姿見たさに今吉を押しのけた。
けれどガラスには除き防止の乳白色のシートが貼られているせいもあり全く中の様子がうかがえない。

 

「クッソ!こんなシートさえなけりゃ今頃…」
「はなみゃー鼻血鼻血」

身体を洗うために泡立てられたタオルが皮膚の上でのこすれる音や、シャワーの水がタイルの床に当たり跳ねるような水音、そんな音の中心に自分の好きな人が全裸で壁一枚隔てて存在しているなんて考えれば自然と出てしまうのが世の中の必然と言うものではないのか。
そんなことを考えたがここで今吉に話しかけてはオーケストラのような水戸部の奏でる生活音を自ら破壊しかねないため、呼吸する音さえ押さえて耳を済ませた。
鼻の中に詰めたティッシュはすでに赤くなっている。

「もーそろそろやな」
「黙れ今吉」
「そいっ」
「うるさい今吉」

今吉が横で何かしているのを気にせずに生活音を耳に刻んでいた。

「(あれ、なんか…ウァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!)」
「?!?!??!」

先ほどまで上機嫌でシャワーを浴びていた水戸部家のバスルームには声無き叫び声が響いている。

 

「うはー!大成功やな!」

お前一体何をしたんだ と聞く前に顔を横に動かすと今吉の手はガスの元栓を完全に閉めて、シャワーのガスを切っていたのだ。

季節は小雪ちらつく冬の夜、先ほどまで暖かかったシャワーが突然水になれば誰だって叫び声をあげて体を強張らせる。

 

「とりあえず見つかったらヤバイから逃げるで!」
「けどよぉ!」

高校生でお縄付きにはなりたくないやろー!そんなんしたら流石に人生詰むわー!と今吉は無理やり花宮の手を引きその場から逃げ出した。
逃げ出す寸前に振り向いて水戸部家の風呂場の窓を見るとタイルにぶつかる大きな音がした後、水戸部の妹の千草が慌てて入ってくる音が聞こえたが詳細はわからない。

「本当にこれで二人っきりになれるんだよな…」
「んもぉ!はなみゃーは疑り深いなぁ!これで大丈夫やから安心しておうち帰ってねんねしぃや!」
「うるせえ!お前は俺のオカンか!」

じゃーまた何かあったら連絡するからな!と今吉が元気良く話したあとにサクサクとまた降り積もった真っ白な雪の上を歩いて帰った。
花宮はこんな寒い日に頭から水をかぶってしまった水戸部に悪いことをしたなと少し反省をしながらベットの中に潜り込み、すぐまどろみの中に落ちていった。



3日後今吉から水戸部が風邪をひいたからお見舞いに行くで!とだけ書かれたかなり一方的なメールが届いたが、あの後どうなったのかが気になっていた花宮はわかったとだけ入力して送信した。
あの時水戸部の風呂を覗けなかった悔しさと今吉を止めれなかった自分に対する無力さで胸が痛くなる。

 

「花宮はゲイやけど好きな男の入浴してる音でその場でマスかかんかっただけでも偉いわ、よう鼻血で我慢したな」
「…一応言っておくが俺はゲイじゃねぇよ、たまたま好きになった人が男の水戸部だっただけだから、ゲイはそもそも男の人しか好きにならないからな。つまり俺は純粋な気持ちで水戸部が好きだって理解しろよバァカ」

いやそれでも風呂場覗こうとして鼻血出したことは純粋な気持ちとは言えないだろうと、今吉は思ったがそんなことを口に出してしまうとめんどくさいことになりそうだったのであえて黙ってドアチャイムを鳴らした。

 

「(はーいどちら様…あれ、今吉さん…?どうしたんですか…?)」
「ちょっ!水戸部君は病人なんやから寝とかなあかんやん!」

当たり前のように花宮のことを無視した水戸部はヘロヘロになりながら迎え入れてくれたが、いつもは騒がしいまでの子供の声が全く聞こえないのは平日の昼間だからだろう。

「水戸部君が死にかけてるって虫の知らせが来たから看病しに来たんや!あ、ちなみにワシのとこは球技大会の休みやからな!」

平日の昼間に受験間近の高校生がフラフラしている事を疑われる前に今吉は釘を指して自分は今休日だからここにいても問題がないんだアピールをした、けれど花宮は今吉と同じ学校では無い、だから本来なら平日で今頃は授業受けているはずだ。
今日は休みではなく平日だ。
もちろん水戸部もそのことが気になったのか今吉の話を聞いた後に花宮に視線を向けてどんな理由で今日は休みなのかと言葉も仕草もなく問い掛けた、しかし花宮は水戸部からの突然の熱視線に考えていた言葉を思わず飲み込み動きを止めた。

「…はなみゃー?水戸部君がなんで今日休みなんか聞いてんねんで?答えや?」

頭の中が真っ白になりぐるぐると回転し始める、唇や舌が動かない、言葉が出ない、けれど体が動かなくなる前に一言だけでも創立記念日と言えるよう唇を必死に動かし声帯にお音を響かせて創立記念だから今日は休みなんだよってたった一言、それだけ言えばいいんだ!
必死に自分を奮い立たせ意を決して一言水戸部に向かっていった。


「今日は独立記念日だからな!」



「じゃあワシ台所借りてりんご剥いてくるから2人ともおとなしくして待ってるやで!」

そう言ってパタパタと廊下をつたい
階段をおりて行く今吉の足音が遠くなればなるほどに花宮は心の中で、この気まずくなってしまった現場を早く打開して欲しいと願った。
先ほどの言い間違いがうまいことウケけたのだったらまだマシだったが、とんでもない言い間違いをしてしまった後に思わず2分間ほど沈黙してしまい場の空気は凍りく。

「あー、あのさ、風邪大丈夫か…?」

ゴフッと痰の絡んだ咳のような息を吐いた水戸部は無言で頷いた、そのあとは特に話すこともなくなり沈黙が続いた。

 

「……、」
「(……。)」


気まずい、かなり気まずい。
共通の話題もなければ共通の趣味も無い。
いや、本当は水戸部の趣味や好きなものは全てリサーチ済みなのだが今ここでどんな風にして話せばいいのか分からないし、あまり趣味の話をし過ぎてはなぜそんなに詳しいのかと不審に思うだろう。

「インフルエンザとかの予防注射はしたのか?」
「(うん、家族みんなで)」
「あー、じゃあインフルエンザじゃないかもな」
「(そうだね)」

花宮は今だけは早くキッチンから早く帰ってきてくれと、今吉の帰りを願った。
弱りきった好きな人とその人の部屋の中では、今まで誰かと当たり前のように喋っていたことが出来なくなる。
それは自分の弱さなのだろうか、それともこれが俗に言う惚れた弱みというものなのか、いや多分違うな。
花宮はそんな自問自答繰り返しているとベッドの中で眠っていた水戸部がよれよれと机の横に置いてあるレジ袋を指差した。

「…?レジ袋がどうかしたのか?」
「(中にマスクが入ってるから、とりあえずそれつけておけよ、うつると悪いし)」
「…!」

レジ袋の中には確かに風邪や花粉などを防止する使い捨てマスクが入っていた。
それをつけるように言われた花宮は、風邪で弱っているのに自分の体を案じてくれている水戸部の思いにまた胸の奥が高鳴った。
どんなに嫌いな人でも、その人が今後困るようなことがあったらそれを回避するようにするのが水戸部と言う男だ。

花宮は始めての水戸部から貰った物をすぐに装着して深く息を吸い込んだ、ほんのりとバラの香りが漂うピンク色の女性用マスクにふさわしい香りが肺の中に充満する。

「ありがとう水戸部君…大事にするよ…」
「(あぁ、この風邪は大事には至らない程度のものらしいけど、冷えは万病の元だからな…)」

花宮は水戸部のイマイチ噛み合わない話を聞く間もなく、芳醇なバラの香りを鼻腔に吸い込みゆっくりと息を吐いた。
今この香りは水戸部から自分に送られた始めての物の香りなんだ、あぁ、なんて幸せな香りなんだろう!!
そんなことを思いながら何度か深呼吸を繰り返しているうちに今吉が部屋に戻って来た。

 

「出来たで~!ワシの最高傑作のウサギ様リンゴと白鳥リンゴ~!!造形に凝り過ぎたて作るのにものすごい時間がかかってしまうのが難点やねんけど、でも出来たで~!」

今吉の持ってきた皿の上にはとてもきれいだがとても食べ辛そうなリンゴのウサギと白鳥が可愛らしく乗っていたのだが、これはかなり食べ辛そうなのが一目でわかった。

「(すごいですね…まるで彫刻みたい…!)」
「ふふん!そやろそやろ!わし細かい作業得意やからこーゆーことするの好きやねん!見てみぃ花宮ってうわぁ…花宮キモォ…」

ピンクの女性用マスクをつけバレない程度にゆっくりと深呼吸を繰り返す花宮は、興奮のせいからか少し赤くなりながらじっとりとした汗を流している。
はっきり言ってかなり気持ち悪い。

「(すごいですね…こんなりんごの切り方俺初めて知りましたよ…!今吉さん凄いです…!)」
「いやー、ワシをそんなに褒めたところで何も出ぇへんで!」

水戸部はりんごに気をとられて全く気にしていないようだが、花宮の顔色が赤くなったり青くなったり緑になったりしてなんだがどんどん悪くなっている。

「花宮、お前…」
「黙れ妖怪、今は肺の中に幸せを刻みつけてんだ」

お前に構っているほど暇じゃないから黙れ、そう言いたそうに視線すら合わさずオーラを出すが顔色はどんどん悪くなり呼吸も掠れたような呼吸になる。

「あー、その…おぉっと もうこんな時間や!」
「(何か用事でもあったんですか?)」
「いやー実はオカンにドラマの録画を頼まれてたねんけど録画し忘れたみたいでなー、ほら、千草ちゃんも読んでる少女漫画のやつ!」


「(あぁ、確か櫻井良子って人の『褐色のBur sut !』ですよね、幼馴染の百井君の気持ちに気づかないまま女子バスに打ち込む蒼峯ちゃんの話のやつ)」

何処かで聞いたことのある作者名だとマスクの香りを全身全霊で嗅ぎながら思ったが、そんなことよりも花宮は体の奥から感じる熱と水戸部から貰ったという喜びをこの場でまだまだ堪能しているつもりだったのだが。

 

「じゃあビデオデッキに詳しい花宮も連れてオカン助けに行くわ!いきなり来たのにいきなり帰ってゴメンなぁ!んじゃあまたなー!」

花宮は今吉に連れられ、半ば強制的に水戸部家から退場させられた。



「ちょっ…はぁ 意味わかんねーよ!俺はビデオデッキには詳しくねーし!今すぐ水戸部の部屋まで返せ!!」
「あのなぁ花宮、病人に大切なものは休息やねん、だからお見舞いはあんまり長居したらあかんのや。」
「…だからってあんないきなり連れてくることないだろ!」

いきなり引き離されたことによる憤りに怒りに任せてバァカ!と怒鳴り散らそうとしたが声が出ない。
かすれた息がヒュゥと声帯から漏れるばかりだった。

「あーあ、やっぱり風邪うつってもーたか…ほれ、ぬくいゆずハチミツのやつ買ったるからそれでも飲んで家帰って寝ぇや?」
「…でも」
「でもやあらへん、今日は帰って寝ぇや?せやないと水戸部君が治ってもお前が風邪引いて合われへんようになるで?」

 

ぐうの音も出ないぐらいの正論に論破され花宮は口をつぐんだ、確かに水戸部が治っても自分が弱っていたら意味がないけれど水戸部から移された風邪か…そんな邪な思いが花宮の頭の中を一瞬よぎったが今はそんな机上の空論を並べ考えるより口元にあるこの幸福な香りを穏やかに嗅いでいたい。

すぅっ、と息を吸い込むと冷たい外気が柔らかな春風に変わり肺の中が優しい香りに包まれた。

「始めてのプレゼントだから大切にしないとな…」
「いやそれ絶対プレゼントちゃうと思うけど…まぁええか…」

プレゼントと言うのは花宮の大きな勘違いだが、別に訂正してもしなくても問題のない事だったので訂正するのも面倒になって来た。

「お前も嗅ぐか?この柔らかな春の香りを!ダメダメやっぱり嗅がせない!!」
「…腹立つわぁ」

超上機嫌の花宮はマスクを本の少しだけ外すと今吉に見せた、その一瞬に冷たい北風がマスクをさらっていった。

「あぁーーーーーー!!!」
「あらららら…えらいことになったなぁ…」

花宮は公道に真ん中でひらりひらりと空を優雅に舞うマスクを無我夢中で追いかけた。

「待てよ!待てっての俺のファーストプレゼント!」
「あかんって!車道に出たらあかんで!?」

今吉の忠告を無視して四車線の車道の上を行ったり来たりするマスクを追いかけ花宮は車線に飛び出した。
左右前後から来る車は道路に飛び出して来た花宮をよけるためにハンドルを大きく切ったり大音量でクラクションを鳴らしたり、歩道から眺めていた今吉は肝を冷やしながらも目でマスクを追った。

「よっしゃ!マスクの動く方向性の法則がわかったで!!」
「はぁ?!なんだよそれ!!」
「車が動くたびに発生する空の流れとマスクの動きを読み取ったんや!次は大きく左に行くで!」

半信半疑ではあったが下手に動くより今吉のサトリ能力を信じた方が良さそうだ、花宮はそう思いマスクを目で捉えたまま左に駆け出そうとした瞬間左から強いビル風と共にゴミ収集車が通って行った。
マスクは風に煽られたままゴミ収集車に引っかかり、ゴミ収集車と共に左から右に、右から何処かに走り出してしまった。

「ごめんなぁビル風は予想外やったわー!」
「ちくしょぉおぉおぉ!!!!」

左に駆け出そうとしていたせいもあり反応が遅れたが、花宮は全速力で走り出しゴミ収集車を追いかけた。
しかしいくら現役男子校でバスケ部に入っているからとはいえ道路を走る車に追いつけるはずがない。
ゴミ収集車に引っかかり風にはためくマスクは、まるで花宮に別れを告げるようにはためいる。
いつもなら諦めていたが今回だけは違う、あれは水戸部が始めてくれたマスクなんだ、だからどんなことがあっても諦める理由にはならない。
そう思いながら花宮は全身の筋肉を全て使い走るスピードを上げた。

「うおぉおぉおぉおぉ!!!」
「そこやー!いったれはなみゃー!」

今吉が何処から借りて来たのか赤い自転車に乗り追いかけて来たが今はそれどころではない、指先がマスクに触れ、指先だけでマスクをつかんだ。

「っしゃあ!!」

しかしゴミ収集車は道のコブに乗り上げた衝撃でマスクはゴミ収集車から外れた。
全速力で走っていた急に減速などできるはずもなく、道のコブにつまづき花宮は顔面から転び道にのめり込むように顔面でスライディングをし、身体の全バランスが前に移動し、ついにはえびぞりになりながら道路を滑り込みながら減速してようやく止まった。

「おーい、はなみゃー?生きてるかー?」
「なん、とかな…!」

顔面血だらけになり鼻血を吹き出しながらも花宮はしっかりとマスクを掴んだ右手の力を緩め、手を開くとそこにはマスクの耳にかけるゴムの部分だけがあった。

「………はっ?」
「えーと、これはー、ほら、アレやどっかに他の部分落としたとかや!多分」

いやいくらなんでもそんなはずは無いだろうと花宮は辺りを見渡すと、視界の端のほうに薄ピンク色の紙切れのようなものが北風と踊るように公園の方に飛んで行くのを今吉の目は見逃さなかった。

「あそこや!ほらあそこの公園のテントの近く!」
「!」

今吉の指差す方向に視線を向けるとホームレスのテントの向こう側にマスクが落ちていくのが見えた、花宮は必死に目で追いかけながらマスクを捕まえようと手を伸ばしたが。

「なんだぁ、あんちゃんたちも焚き火に当たりてぇのか?」
「焼き芋も焼いてるからよォ、そっちのメガネのあんちゃんと仲良く半分こしろよォ?」

季節は小雪ちらつく厳冬、金の無い浮浪者が外で落ち葉や新聞紙を集めて焚き火をしていてもおかしくはない季節。

「あ、あぁあぁ…」

焚き火を温風気流に流れに逆らうようにして入ったのか、それとも違う方法で入ったのかわからないが、花宮が焚き火を囲むホームレスを見た時にはマスクは自ら焚き火の中に飛び込んで行ったのを見たので誰も責めることができない。
花宮が焚き火の近くに行くと探していたマスクは焚き火の中でほとんど灰に変わっている。

「ほら、もうちょっとで出来っからよぉ」
「ぁあぁ、あぁ…」
「いや、えーわ。それにその焼き芋はあんたらが働いて買った大事な食事やろ?そんな大事なもん貰う訳にはいかんわ」

殊勝なもんだな、とホームレスは笑い今吉も合わせて笑っていたが花宮は笑えずにその日の夜、悪童花宮は始めて泣き寝入りした。

まだ北風が寒い冬の夜のことだった。

 


退屈な午後の授業、いつもと同じで変わらない部活に変わりばえのない帰路。
帰宅と同時に灰色のため息を着く花宮は変わらないいつも通りの変わらない日常にため息をついた。

ただ変わったことがあるとしたら、あの日からよく生徒手帳を眺めるようになってた事ぐらいだな。
そんな事を考えながら生徒手帳を開くとマスクのゴムがリボン結びになって見開きの左ページの透明カバーに挟んであった。
あの日嗅いだような芳醇で麗しいバラの香りがもうなくなり、代わりにほんの少し生ゴミの匂いと灰の臭いとアスファルトと乾燥したAB型の血の香りが見事に混ざり合い何とも言えない異臭に近い悪臭を放っている。

正直かなり臭い。

けれどこれ以上水戸部からのプレゼントに手を加えてしまいたく無い一心でこのとんでもない香りのリボンを生徒手帳にはさみ直し胸ポケットにしまうことにした。

「水戸部ぇ…」

どうしてあの時ちゃんとマスクを持っていなかったのか、水戸部からのプレゼントをどうしてこんな目に合わせてしまったのか、元を辿れば全て自分が悪いのだ。
いくら後悔しても時間は元に戻らない、わかっているのだが後悔ばかりが募っていく。

もう今吉には頼りたくない、しかしあいつ意外に頼る相手がいなくなってしまうと自分は誰に助言を求めたらいいのかわからない、どうすれば1番いい答えを導き出せるのか全くわからないのだ。

「ちょっとマコ!ほらほらテレビ見てよ!怖いわねぇ~!マコもこんな事に巻き込まれちゃだめよ!」
「母さん、食事中にテレビなんて行儀が悪いからやめろよ」

テレビで取り上げられていたのはインターネットのチャット機能使い女性になり済ました男とその男のグループが男をおびき出して有り金全部奪っていくと言う、いわゆるネカマ美人局だった。

「だいたいインターネットなんて顔の見えない相手を勝手に信用してあれこれ個人情報渡すが悪いんだよ、自業自得だ。」
「えー!?お母さんはインターネットのネット仲間と情報交換したりしてるのよ?そのおかげでマカロンすごくうまく作れるようになったんだから!」

えっへん!と鼻高々に威張る母親を横目で見ながら花宮はなんでこんな女と父さんは結婚したんだろうな、それともこんなん女だからだろうか。と答えのない自問自答した。
が、あることを思いついた。

「っそうだ!これだよ!!」
「あらやだマコちゃん美人局するの?お母さんより美人で料理をできて姑の面倒ことを進んでやるような人じゃないとかお母さん認めないからね!!」
「ちげぇよバァカ!でもこれなんだよ!!」

これだ、これで全て丸く収まる全部解決する!もうあいつらに頼らなくて済む!
花宮は茶碗の中に残った米をかき入れて、すぐに自室にこもりパソコンの電源を入れる。
部活のメンバーに使っているアカウントとは全く違う、どこからどう見ても一般的な女子高生の使っているアカウントにしか見えないような偽造アカウントを作った。
万が一に知り合いの誰かに見られても大丈夫なように、一般的な女子高生がフォローしそうな生きていく上に全く役に立たず意味のわからないbotもいくつかフォローした。

…片思いbotってなかなかいいな。

「名前は…やっぱちょっとわかりづらい名前にしておかないとだめだよな…」

どんなにいろんなところでカモフラージュしたところで名前が似ていたら一瞬にしてばれてしまうのではないか、そう思いどんな名前にすれば1が分かりにくい名前になるか必死に考え、名前を思いつく。

「そうだ花じゃなくて華にして宮じゃなくて雅にすれば名前もJKっぽくていいんじゃないのか 読み方は『はなみや』じゃなくて『かみや』とかならJKっぽいぞ!」

花宮は名前のところに華雅と入力しかわいらしい花の写真をアイコンにして女子力満載な事を呟き始めた。

「後はこれで誰か友達を作ってその友達に相談に乗ってもらえれば大成功だ!」

花宮は自分の考えの素晴らしさと発想力の柔軟さに、肩を震わせながら笑った。



同日同時刻、今吉は最近仲良くなった古橋とスカイプ通話をしながらたわいもない話をしていた。

「はー、なんや最近花宮がワシにあんまり相談せぇへんようになってきてなー、からかってのバレたんやろうか…?」
「いくら悪童のあいつでもそんなことに気づかないと思いますよ、それにあいつ休み時間になったら掃除用具にもたれて純愛文学読んでますし」
「その謎の癖いまだに治ってなかったんかいな…」

ため息を着いて何か面白いことないかなと二人は無言のままカチカチとネットサーフィンをしていると古橋が小さく驚きの声を上げた。

「どないしたん、ふるはっしくん」
「古橋です、なんだか花宮が面白いことをやっていますよ。見ます?」
「えー!なにそれなにそれ?!めっちゃ見たい!見して見して!!」

古橋は今吉にURLを貼り付けてメール送り、今吉はそのURLをクリックすると。

「なにこれ」

とある女子高生のツイッターのアカウント画面が開いた。

「はな、みやび?聞いたことない名前やな…古橋の友達かなんか?彼女とか?」
「違いますよ今吉さん、ちょっとプロフィール画面見てください」

言われるがままにアイコン横のプロフィールを見ると。


今日は!JKの華雅(かみや)だよ!
今ある人に熱烈片思い中!フハッ!
友達募集!><


どう見ても花宮の文章が書いてあった。

「…わぁ」
「これはどう見ても花宮ですね、女子高生は熱烈片思いとか、こんにちわを今日はって言わないし」
「いやいやフハッ!の時点で気づこうや!?あとこいつ片思いbotの呟きばっかファボしてんで?!怖ぁっ!!」

今吉は少し恐怖を覚えながら自分もすぐに女子高生に偽造したアカウントを送る作業にとりかかった、スピーカーの向こう側で同じようにマウスのクリックが激しく鳴る。
古橋も偽造アカウント同じように作っているのだろう。

「名前は…ワシは今吉で今はナウやから逆にして女の子みたいに子をつけてウナ子って奴にするわ!」
「なんだかウナギが好きそうな名前ですね、じゃあ俺は古橋だからFrhで」
「え、なにこれフリヒ?」

違いますと一括した後に二人はほぼ同時に花宮の偽造アカウントをフォローした。

 


退屈そうに部屋に置いてあるダーツの的を眺めながらダーツの矢を投げては、また真ん中に刺さったのを確認しては片思いbotの心に響く呟きに星を飛ばした。
アカウント作ったのはいいが一体どうやって友達が作れるんだったか分からずに、ただ退屈している。

「ん?」

スマホの音に反応してすぐに開くとbotからのフォロバと一緒に二人の女の子からフォローされていた。

ウナ子とFrhと言う子達らしく、丁寧に一言添えてフォローしてくれている。

「…別に、嬉しくなんてないんだけどよ」

花宮はすぐに返事を書いて二人にリプを送った。

・華 雅:「フォローありがとうございます!私とっても嬉しいです!」
・ウナ子:「こちらこそ仲良くしてくださいね」
・Frh:「片想い大変ですね!でも頑張ってください!」

今吉や古橋と違って優しい人たちだなぁ…
人の優しさと温もりに触れた花宮は心の中で涙を流した、相手が今吉と古橋とも知らずに。
花宮は喜びに浸る前にすぐに今の現状を事細かに、でも素性がバレないような範囲で呟き続けた。
初めて恋愛相談ができる女友達に花宮は純粋な喜びを感じている。

・華 雅:「こんな片思い…うまく行くと思う…?」
・Frh:「うまくいくいかないじゃなくてあなたが何とかしないとダメなんじゃないの?」
・華 雅:「ぐうの音もでません…」
・ウナ子:「とりあえず明日あたりにまた声かけてみたら?上手く行くかも!!」
・華 雅:「そうなったらいいなぁ…」
・K六子:「そうなったらいいなぁとかそんな淡い期待で物を語るのではなく、確実に行動したほうがいいと思いますよ。」



「誰やこいつ、ケム子?」

花宮の呟きに今吉と古橋が話している中に突然誰か入ってきたのだが、古橋は何かに気がついたのか先ほどと同じように小さな驚きの声を上げマイクの向こうの今吉にはなしかける。

「こいつ、誠凛の黒子じゃないですかね…?K六子ってくろこって読めるし…」
「…嘘ぉ」

もしそうだとしてもここの話に割り込んできたのにはどんな目的があるのだろうか。
そんなことを思いながら古橋はK六子のプロフィールを見た。


バニラシェイクと本が大好きな東京の女子高校生です、最近洋書とバカでアホな友人の筋肉がアツイ。


うん、これ黒子だ。
古橋は自分の直感を信じたが今吉は半信半疑の状態だった。

「なんかまだ信用できひんわ…」
「じゃあ黒子にしかわからないようなクイズを出してカマをかけてみるっていうのはどうでしょう?」

それものすご名案やん!と今吉は黒子にしかわからないようなクイズを出して黒子疑惑のあるK六子にDMを送っていた。

「ところでどんな内容を送ったんですか?」
「いや、別にそんな難しい問題じゃないねん。単純明快に、やけど遊び心も忘れずに『○○クションってなーんだ』って送っただけや」
「返信返ってきますかね、それ」

もしこれが一般人だったら○の部分に迷わずサカナと入れるだろうが、相手は帝光中のシックスマンだからどんな内容のメールが返ってきてもおかしくは無い。
けれど黒子なら…。

「おっDM返ってきた!」

・ウナ子:「○○クションってなーんだ」
・K六子:「Ms.ディレクション」

「うん、やっぱ黒子やこいつ」
「俺は先からそういっていましたよ」

ミス、と普通に書けばいいのにMs.と書くところからして黒子らしさを感じた今吉が古橋に話しかけているとまたすぐに返事を黒子に送信した。

・ウナ子:「いきなり花宮のネカマに話しかけるやなんて、さてはネカママニアとかか?」
・K六子:「違います、僕は誠凛の長身天使たちに危機が迫っていると影の頼りで聞いたので、最初は阻止しようと思っておだやかにツイートを見てたら悪童じゃなくてただのヘタレ純愛厨童貞野郎だったので生暖かい目で見ることに決めました。」
・ウナ子:「お、おう」

…影の頼りってなんやねん。


今吉は黒子もこちら側だとわかったのでひとまずは安心したが、本能的に黒子には近づいたらいけないような気がして今吉の肝が冷えた。

・華 雅:「相性もそんなによくないみたい…会ったらなんかうわって顔するし」
・Frh:「病は気からよ、もっと自分からアタックしてみたら?」
・K六子:「それかなにかおまじないとかしてみてはどうです?」
・華 雅:「好きな人の名前を消しゴムに書いて使い切るのはやってる」

…どうりで最近消しゴムを貸してくれなかったのか。


古橋はこのまえ花宮の消しゴムを勝手に使おうとしたら烈火のごとく怒られたことを思い出し、マイクに話しかけた。

「どうします、なんだかおもしろそうなことも起きそうになさそうだし、穏便に見守りますか?」
「わかってないなぁ古橋君は、こういうのは競馬と同じで今があかんかっても次にドカーンとでかいのが来るかもしらんねんで!果報は寝て待てや!!」

この人本当に同じ高校生なんだろうか、話す内容が高校生というよりも下町のおっさんのようだ。
古橋は煮え切らないような生返事をして花宮との会話を見守った。



「やっぱこっちからガンガン行かないとだめだよなぁ…」

アタックが足りないと言われるのとはある程度わかってはいたが、どうしてもこちらから行くとなると腰が引けてしまう。
こちらからのアプローチが強すぎたら引かれないだろうか、変に思われないだろうか、嫌われてしまわないだろうか。
どんどん悪い方向にばかり考えが進んでいく、絶対悪くなるないわけじゃないのにごく一部の悪い考えに尾ひれや背びれが付き魚のように頭の中を泳ぎだし心をかき乱す。

「難しいな、ほんとに」

好きな思いに嘘偽りはない、けれど今の気持ちをどのように表現しようか。
言葉だけでは軽すぎて、態度だけでは足りなさすぎる。
花宮は生徒手帳に挟んだゴムひもを見た、相変わらずくたびれている。

「今度はちゃんと目を見て堂々と、ザキや原に話すみたいにいつもみたいに話せるようにならないとな…!」

でもその前に話すきっかけと何かで自信をつけなければ、そう思い画面をまた眺めると返事が返ってきていた。

・K六子:「じゃあ友人がカルト的にのめりこんでいる星占いの番組知ってますか?おはあさっていうんですけど…」
・Frh:「カルト的と言うところに恐怖を感じる…」
・ウナ子:「でもおはあさの占いコーナってすごい当たるってうちの後輩が言ってた、後輩の友達も宗教的な勢いでハマりこんでる」
・華 雅:「なにその占い怖い」

そもそもおはあさって朝のニュース番組だろ、なんで何人もハマりこんでるんだよ。
花宮は椅子にもたれかかり新しいタブを開きおはあさのサイトを開いた、別に気になったとかじゃねーからな!と誰に言うわけでもなく言った後で占いコーナーのページを開き明日の運勢の動画に目を通す。

・華 雅:「どうしよう」
・Frh:「どうした」
・ウナ子:「どうした?」
・K六子:「見てしまいましたか…」



黒子の『見てしまいましたか』という言葉を読んだ後に、あぁ、おはあさのことかと合点しながら古橋もおはあさのページを開き明日の星占いの動画を再生する。
今吉は先に見たのか先ほどから笑い転げている。

「山羊座の運勢は~!?おめでとうございまーす!1位でーす!好きな人と急速に接近しちゃうかも!でもでも水難の層が出ているので気を付けてくださぁい!ラッキーアイテムはダンディズムあふれるもので~す!それでは今日も元気にいってらっしゃ~い!」

ダンディズムあふれるもの、ダンディズムあふれるもの…?

「ダンディズムあふれるものってなんだ…」
「このっ、ほっ、星うらにゃっ!めっちゃアバウト、過ぎてホンマさぁ、っくくく!」

最大な笑い声の後に椅子でも倒れたのか大きな音がした、本当にこの人は花宮を小馬鹿にするときは楽しそうにしてるなぁ。
古橋はダンディズムを検索した。

ダンディズム 【dandyism】
粋や洗練を好み,それを態度や洋服により誇示してみせる性向。一九世紀前半,イギリスの上流階級の青年たちに流行した伊達(だて)気質に始まる。

「つまりどんな格好のことなんだ…?」
「まあ、全部ワシにまかせとき!今さっき花宮からダンディズムについてわからんことあるから教えてってメール来たわ!」

もう目の死んだ同級生と他校に行った先輩には頼らないんじゃないのか。
そう思いながら自分のケータイを見ると花宮からダンディズムについて聞いてきている内容のメールが届いていた。
これからはあの二人に頼らずに自分で頑張っていくんじゃないのか、言ったことは実行しろよ花宮。

「よっしや!明日花宮のドキドキ大作戦スタートや!」
「何か思いついたんですか」
「そ・れ・は、明日になったらわかるからなー!」

子供みたいにはしゃぐ声につられて思わず口元が緩んだ、ほんの少しだけだが。


次の日、花宮を公園に呼び出した今吉は、古橋と一緒にダンディズムについて学んだのだと説明したら花宮は驚くほどあっさり信じてしまった。
好都合だと思っている反面簡単に信じすぎじゃないかと二人は思ったが、花宮はなんだかんだ言って二人のことを信頼しているだなんて、今の二人は知る由もない。

「ダンディズムについて完璧な知識を蓄えたワシに任せとき!」
「本当に大丈夫なんだろうな…?」
「あぁ、安心していいぞ」
「まずはダンディズムの極み!もみあげや!」
「そして胸毛」

がさっとどこからともなくもみあげを描くための油性マジックと、胸毛用のアフロのかつらを取り出すと花宮はクラウチングスタートでその場から逃げだした、はずだった。

「?!」
「!?」
「甘いなぁ花宮、なんでワシがわざわざ公園に呼び出したかわかってないなんてなぁ」
「てめっ!ンだよこれっ!」
「わからんかぁ?漫画とかで見たことあるやろ、落とし穴や」

…何やってんだよこの人。

「ほんまやったら景気よく4メートルほど掘るつもりやったんやけど、男が腰痛めたら死活問題やからな、3.5メートルにしといたったわ!」
「そこまで頑張ったんなら最後までやりぬけよばぁか!」

砂場の真ん中に高校生が落とし穴を作り、その落とし穴にはまった高校生に上から砂をかけている。


…この人何時に起きてこの穴を掘ったんだろう


高らかに笑いながら穴の中の花宮に砂をかけていたが、花宮を穴から引きずり出して足だけを掴んだまま公園の車椅子用トイレに連れ込んだ。
足だけを掴んでいたので頭や肩は砂だらけだ。



春を待つような日差し、やわらな春風になりきれないまだ寒い冬の風。
春が来たら桜が咲いて、若葉が芽吹いて、夏の風が吹いて夏が来る。
花粉に困る春は嫌いだけど、あったかくて穏やかな春は千草や兄弟たちが好きだったな。
俺は冬のほうが好きなんだけどなぁ、と水戸部は持っている買い物袋の中の高級サーロインを見ては先ほど買い物を思い出した。

「(ここのスーパーは朝の特売、値段的に赤字覚悟とか出血大サービスってレベルじゃないんだけど、ちゃんと儲かってるのかなぁ…)」

そんな心配をしてもやはりサーロインが格安で手に入ったのはうれしい。
今晩の晩御飯は何にするか悩んでしまう、ここは無難にサーロインステーキだろうか、それとも大根おろしのかわりに玉ねぎを使い、炙りサーロインの玉ねぎおろしポン酢もよさそうだ。
そんなことを考えながら公園を通って近道して帰ろうとすると、公衆トイレから花宮が飛び出してくきた。
…なんでアフロのかつらを胸に入れもみあげをマジックで書いているんだ。

「やっぱお前らに頼ったのがそもそもの間違いだったよバァカ!」
「あいついつの間に縄抜けなんて覚えたんだ…」
「まてや花宮!そのかっこで外でるのはあかんで!」

花宮の後ろでは今吉と古橋が追いかけてきている、はだけたワイシャツから見えた腹部にはマジックで筋肉をみっちり書きこまれている、本当に何をしていたんだろうか。

「(花、宮…?)」
「?!」

花宮は水戸部の声は聞こえなかったが視線を感じとり、思わず体の動きを止めた。
花宮はまさかこんな姿を見られるとは思ってなかったらしく、恥ずかしさで顔が赤くなったがその後すぐに、なんて姿を見せてしまったんだろうと後悔で顔が青くなった。

「あちゃー、見られてもうたか…」
「花宮のやつ赤くなったり青くなったりしてるけど血管とか大丈夫なんですかね」

二人は動きを止めてころころ変わる花宮の顔色を見て、心配そうにしている水戸部を見ながらこの後どうなるか見守った。
もちろんカメラ等はすでに準備済みである。

「(花宮?)」

花宮は動きを止めてから何かを伝えようとしているのだが、言いたいことが多すぎて言葉がのどに詰まり言葉が何も出てこなかった。

「っはぁ…」
「(えっ?!ちょっと花宮っ?!)」

いくら天才的頭脳をも打つ悪童花宮といえど、突然の出来事に対応しながらこれからの関係が良くなるようなうまい言い訳を考えながら、はだけた服を整えることなんてできるわけもなく、一度にたくさんのことを考えすぎた花宮の頭はショートしてしまい花宮は気絶してしまった。

「(花宮?!おい花宮?!しっかりしろよ!)」
「あ、花宮気絶してもうた」
「(今吉さん!どうしよう花宮が!)」

突然目の前に現れた知り合いが変な格好をしていて、しかも自分と目があった瞬間に気絶したら誰だってパニックになるよな。古橋は客観的に水戸部を見て、いきなりこんなことに巻き込こんでごめんな、と心の中で謝罪しながら気絶した花宮を無音カメラで撮影した。

「(とりあえず俺は花宮を病院に連れて行きます!)」
「じゃあワシらは台車取ってくるわ」
「(それじゃ遅すぎます!俺が連れていきますんで今吉さんはこれを俺の家に届けておいてください!)」

そういうと水戸部はサーロインを渡し、花宮を抱きかかえて病院のほうに走って行った。
花宮は気絶したまま抱えられて連れて行かれた。

「…花宮のやつ、起きたらうれしさのあまりショック死するんやない?」
「抱えられるときに白目向いてましたね」
「んー、、この穴適当にちゃっちゃっちゃーっと穴埋めて追いかけるか!」

確かにこのままにしたら子供が落ちて危険だし、自分がいない間に面白いことが起きてはつまらない、困る花宮や、泣き顔でぐしゃぐしゃになりイケメンとは程遠い顔になった花宮や、たまに見せる誰かを思う切ない顔の花宮、すべての花宮の表情を見てみたいと思ったからには早くこの穴を埋めて二人を追いかけなくてはならない。

「そうですね、それで掘った時に出た土はどこですか?」
「全部近くの川に流したけど?」
「…今吉さん、環境保護法って知ってますか?」



ゆらゆらと光が閉じた瞼の奥に差し込んでくる、少し暖かな風が前髪を揺らす。

「…?」

ゆっくりと瞼を開けると視界いっぱいに飛び込ん来たのは、ずっと視界の中に入れておきたかったのは。

「(水戸部…)」

わずかに触れているところから感じる自分とは違う温度の体温、肩を抱く水戸部の手、全てがすべて愛しくてたまらない。

「(もうすぐ病院だからな、だから頑張れよ。)」

そんなことを言いたそうな表情に心の中が締め付けられる、なんで自分はこんなに好きなのにただ一言好きと、好きなんだと伝えることができないのだろうか。

…俺はずっと、ずっと、こんなにもお前のことを思っているのに!

まだ霞がかかった頭で考えた、ほかのやつらを煽ったり馬鹿にするような言葉はさらさら出てくるのに、なんで水戸部の前になるとこんなに言葉が出てこないんだろう。
あ、そうか、俺は

「本当に水戸部のことが、好きなんだな」

「(…えっ?)」
「…えっ?」

自分の名前が呼ばれた後に突然告白されたことに水戸部は思わず、腕の中の花宮を見て聞き返してしまった。
腕の中の花宮は聞き返されたことに驚き、目を大きく見開いている。
無意志とはいえ心の中にしまいこんでいた本当の気持ちがこぼれてしまった、しかも本人の前、本人にお姫様抱っこされている真っ最中に。

「あっ、うぁあぁっ!!こ、これには、あの、その!いろいろあって!なにいってんだろうなぁ!ははははは!」

何とかこの場を収めようと水戸部の腕から転がり落ちて必死になりながらごまかしたが、水戸部は驚いたまま何も話さない。

「はははは、はは、ははは…」
「(……)」
「…ごめん」

笑って隠し通すことができない。
もうごまかしきれない、そう感じ取った花宮はおとなしく白状することにした。

「HIが終わってしばらくして、たまに行った本屋でお前を見かけてしばらく見てたら無口なのによく表情が変わるんだなーとかなんかそんなこと見てたらどんどん好きになってて…」
「(…じゃあ、前に今吉さんにしていた告白は?)」
「あれはっ!あれは、告白の練習に付き合ってもらっていて…!」
「(じゃあ、今吉さんも知ってたんだ)」

自分以外みんな知ってたんだ、それだけ言うと水戸部はまた黙ってしまった。

「(嘘だろ?)」

その一言が花宮の心臓に杭が刺さったように痛み、血が噴き出すように痛みが広がった。

「…ごめん」
「(なんで女の人じゃなくて俺なの)」

そんなの、自分が一番知りたい。
なんで女性じゃないんだ、なんで同性なんだ、なんで、なんでこいつなんだ。
花宮は黙って地面を見ることしかできなかった、黒いアスファルトに自分の影と水戸部の影に重なっても心は重なることはなかった。

「…ほんとに、ごめん」
「(俺、花宮とはいろいろあったけどそこそこに仲良くするつもりだったのに…)」

そこまで言うと水戸部は何も言わずにその場から立ち去った、花宮を置いて。



「ほらほらぁ!はよ花宮と水戸部君みつけなおいしいとこ終わってまうで!」

そんなことを言いながら穴を埋め、水戸部家に肉を届けた二人は必死に走り花宮と水戸部を探していると前方の十字路から水戸部が逃げるように走り出していくのを見た。

「あれは、水戸部…?」
「あそこで花宮が地味に死んでんで!おぉい花宮!大丈夫か?!」

土下座をするようにして地面に花宮がのめりこんでる、心なしか小刻みに震えている。

「は・な・みゃーくんっ!大丈夫かー?」
「ぐすっ、今吉さ、ん。俺…もう生きていけない…だめだ…」
「とりあえず状況を説明してくれ」
「フラれた」

直球だな、そんなことを思いながら話を一つ一つ聞いて、聞き終わる頃には花宮の顔はぐしゃぐしゃになり、産卵中のウミガメのように地面にのめりこむようにして泣いていたので近くのドーナツ屋に場所を移した。

「おれ、はっ、もうっ!こんな思いはぁっ!しな、いっ!!」
「はなみやー泣くか食べるかどっちかにしぃや」

少し前に今吉が貸したハンカチは花宮の涙やら鼻水やらですぐにぐしゃぐしゃになったが、花宮はまだ泣き止まなずに泣きながらフレンチクルーラーを食べている。
今吉は甲斐甲斐しく花宮の口についた砂糖を取ってあげたり世話を焼いている間、古橋はずっと考え事をしていた。

「…なあ、水戸部はさぁ『お前が嫌い』とか『気持ち悪い』とか『ホモとかありえない』とか言われたのか?」
「言われてない…言われてないけどさぁ…!そんなの言われなくても何となくわかる時ってあるだろ?!俺は、だからっ!ぐすっ…!」
「はなみゃー口に何か入ってるときにはおしゃべり禁止やで」

めそめそと泣きながら、またフレンチクルーラーを食べていたが、すぐに空になったのでまたカウンターに向かい同じものをいくつか注文し始めた。
これでもう何個回目になるんだろうか。

「んでぇ?ふるはっしーくんは何をそんなに考え込んでんのや?」
「いや、少し気になったんです。普通同性に好意を持たれたら『気持ち悪い』とかなんかそんな感じの拒絶するようなことを言うのが普通なんですけど…」
「あー、確かになーんか話聞く限りでは疑問とか独り言言ってるみたいやねんなぁ」

それにたった一瞬だったが、あの時に見た水戸部はなぜだか…。

「うわっ!まだ食べるんかいな?!」
「うるせぇよバァカ!文句あるならメガネ指紋だらけにすんぞ!」
「はいはい、もう好きなだけ食べろよ」

呆れた顔をする今吉と少しだけ表情を和らげた古橋はやけ食いをする花宮を眺めた。



走っていた水戸部は息を荒げながら地面に座り込んだ。
長い間走っていたせいもあり噴出した汗はコンクリートにしみ込んだ。

「(なんで…?)」

花宮の言葉や、今吉に告白の練習をしていたことばかり忘れようとしても思い出してしまう。

『初めて会った時から、ずっとお前のことが好きで、毎日お前に事を考えていたりしたら、胸が苦しくて、辛くて…っ』
『俺はお前のそばにいたいんだ、お前と一緒にいられるだけでいいんだ』

あの時今吉に告白しているのを見てこんな風に誰かに愛されるなんて少しうらやましいと思った、けれどうらやましいと思ったあの言葉は、本当は全部自分に向けられた言葉だと知ってしまった、気づいてしまった。
もし、あの時の言葉が、あの時の視線が自分に向けられていたら。
自分はどうなっていたのだろうか。

「(なんで、どうして…?)」

あの時のあの行動や、あの表情は全部自分の為の行動だと知った。
それなのになぜ、こんなにも。

「(なんでこんなにドキドキしているんだ…?)」

走り込んだ時の心臓の脈の動きとは違う動きで、血液は体の中を駆け巡る。

『お前が好きなんだ!』
『だから、俺とつきあってくれ…!』

火がついたように顔が熱くなる、胸が痛くなる。
でも俺はこんなの、こんな思いは

「(認めてたまるか…!)」

そういいながら水戸部は真っ赤になった顔を抑えて地面に座り込んだ。

プラトニックノイズ

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