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俺の片思いが変な方向に
突き進み始めた件について

いつもみたいに強気な態度を取ろうもんなら嫌われるし、ファーストコンタクト最悪だから普通に話しかけるのも無理なスーパーハードモード状態、そんなめんどくさい状態でそんなやつ、しかも男に恋なんてする訳が無いと思っていた。
しかし現実はそうは行かなかった。

いつも何となく行くマニアックでマイナーな書物から、大人気作家のベストセラー本に、児童向け絵本に、洋書、様々な本が揃う巨大な大型書店。
ここで数日前に水戸部を見かけ何と無く見ていたら優しい横顔に欲しい本が見つかった時のパァッと輝く顔、いつの間にか好きになっていた。
そんなことで人を好きになったのか、と自分でもよく思うが人を好きになるのに理由なんて必要だろうか、いや必要ない。

ずっと片思いしていたいわけじゃないが告白する勇気がないし、いい作戦もない。

「それに、ウチの奴らには頼りたくねーしな…」
「何をなん?」
「そりゃ俺が水戸部のことが好きだってバレるのが…ってうわぁあ!?今吉 」

花宮が左を振り向くと、とても楽しそうな顔をしている今吉がホイップクリームが乗ったキャラメルラテを飲みながらのニヤニヤと笑っている

「なるほどなぁ花宮は水戸部君にホの字で毎晩寝られへんようにやるまで悶々と妄想して、水戸部君の事思って昼間に猿みたいにマスかいてんのんか~いやー青春やな~!」

それとも青春やなくて性春やな!と言いながら花宮のブラックコーヒーにホイップクリームを乗せている。

 

「テメェこのことを誰かに言ったら承知しねぇぞ…!」
「えー?ワシの事脅してんの?さっきまでリカちゃん人形みたいなキラッキラのおめめで水戸部水戸部ゆーとったのにワシの事脅してんのー?」
「俺はそんな日本を代表するような愛玩人形みたいな顔はしてねーよ!」
「えー、でもこれ見て見ぃや」

ほらーリカちゃんみたいやろー?と今吉のスマホを見ると可愛い顔をして空を見上げながらブラックコーヒーを啜るリカちゃん人形みたいな顔をした花宮が写っていた、かわいいように加工されているのが腹立たしい。

「何が目的だよ」
「いややなぁーかわいいかわいい後輩が困ってんねんから助けるのが世の常ってもんやろ?せやから花宮のイカ臭い性春をバラ色の青春に変えたるの手伝ったるわ!」

嫌な予感しかしない、けれど今頼れる人は悔しいがこいつしかいないと花宮は普段の人間関係を悔いた。

「花宮よーなんで中学ん時は眉毛細くしてたんに、今はそんなにボサボサオタマロアホ眉毛なん?」
「ボサボサオタマロアホ眉毛じゃねぇよばぁか!」
「じゃーなんでなん?」

突然の質問に花宮は眉毛を触りながらこんなふうに整え始めた日を思い出し、頬を染めた。

「み、水戸部とお揃いみたいにしたくて…」
「ファーwwwww」
「てめぇ殺す!!」

お揃いでその眉毛かいな!クオリティ低すぎるわー!と爆笑する今吉を見て花宮は思わず泣きたくなった。

「気取ってねーで友達もっと作ればよかった…」
「今更やではなみゃーくん、とりあえず作戦は2つある、一つはベタに映画!これは二つ目の作戦が失敗した時に使いや!あっ、でもちゃんと映画に誘う前には洒落乙な格好して行きな!」

ベタ過ぎないかとは思ったが、花宮がツッコミを入れるよりも先に今吉のマシンガントークは止まらずに話は進んだ。

 

「そんでその二つ目は二つ目だけに二つあるんや、それは水戸部君と仲良くなるためにバスケ以外の趣味を持つかストーキングするかのどっちかや!」
「…二択に見せかけて一択じゃねーか」

しかしバスケ以外の趣味を持つのは確かにそれは理にかなっていると花宮は思った。
が、ここ4週間ずっと水戸部のことを見てきてわかったのだが、料理や裁縫、家事洗濯など花宮の知る限りで一般的な男子高校生の趣味では無い。

「それにどれも初心者がいきなり始めるには難易度が高すぎるような気がするんだが…」
「はなみゃーくんのアフォウ!何事にもチャレンジする精神がなかったらあかんねんで それをお前はなぁんもわかっとらん!でもまずは料理の本か裁縫の本買ってきて練習してみたら?」

ほんとにこいつに任せてしまって大丈夫だっただろうかと後悔をしながら花宮は渋々ながら今吉と一緒に例の本屋に向かった。

「全く何が楽しくてお前と本を選ばなきゃいけないんだよ…」
「えーやん別にぃ、あっ水戸部君や」
「な… 」
「すまん見間違いやったわ」
「テメェ…!」
「あっ水戸部君」
「またかよ!もうその手には引っかからねーからな!」

そう言って花宮が今吉の指差す方向をぐるんと振り向くとなんでこの組み合わせの2人がここにいるんだといった顔で驚き見つめている水戸部がいた。

「あひっ ぁっ、その!や、やぁ!水戸部君 」
「(今吉さん!なんでここに )」
「こんなところで会うなんて偶然だな水戸部君!」
「水戸部君久しぶりやな~元気やったか?」
「(俺はいつだって元気です!あっ、今吉さんの好きな作家さんの新刊出ていましたよ!)」

花宮を完全に無視して今吉ときゃっきゃと話す水戸部を横目で見ながら花宮はめげずに話しかけた。

「久々だな水戸部君!」
「(…何だ?)」

想像していたよりも冷たい言葉と冷たい視線が鋭利なナイフのように心に突き刺さり思わず涙目になる。
けれどここで負けては駄目だ、そう思う花宮は負けじと話しだした。

「お弁当を、作ろうと思ってレシピを買いに来たんだよ!み、水戸部はどんなやつを作るのかな…?」
「(お前喋り方なんかおかしいぞ…初心者ならこの本にはしたら?)」

これだよ、と棚から初心者向けのお弁当の本を取り出して表紙を見せながら軽く本の説明をした、だが花宮の心は水戸部が自分のために動いてくれたことと自分に手渡しで本を渡してくれたことに人生で最大の喜びを感じ今にも顔から火が出そうな気持ちだった。

「(水戸部が俺のために本棚から本を取って渡してくれた 嘘だろ、夢みたいだ…!)」
「(これなら初心者にも分かり易いし簡単だから、失敗することも少ないと思うぞ、っておい聴いてるのか?)」
「(水戸部が俺のために本棚から本を、水戸部が俺のために本棚から本を…)ありがとう、この本を買うよ」

ありがとう!と水戸部から渡された本を抱きしめ腰を90度に曲げたお辞儀をして花宮は全身から幸せオーラを撒き散らしながらレジに向かった。
おとなしく横で見ていた今吉は含み笑いをしながら無音カメラで一部始終を撮っていた。

「ええ本見つかってよかったなーはなみゃー」
「(花宮がやけに素直だったんですけど、何か良くないこと企んでいるんじゃ…)」
「まぁ、大丈夫ちゃう?見てみ、あの花宮」

今吉に言われるがままに花宮を見ると、水戸部から渡されたレシピ本をレジの店員に渡し、財布から金を出しているときも全身から幸せオーラが溢れており顔だけは何とかポーカーフェイスを保とうとしているが口元がほんの少しだけ緩んでいる。

「(大丈夫ですね、)」
「な?」

二人は悪童花宮がニコニコと笑いながら本を抱きしめているところを見て今吉はまた無音カメラのシャッターを切った。

そんなことがあってから数日、あれから花宮はレシピ本を見つめてはにやける生活をしていると花宮の母親が心配して今吉の家に電話をしてきた。
事態を重く見た今吉は花宮の家に来ている。


「花宮さぁ…片思いするんわえーけど…告白とかするつもりはあるんか…?」
「きょっ くはくっ 無理無理無理!目すら合わせられないのにそんなこと…!」

かぁあぁっ…と赤くなり頬を抑える花宮に今吉は隠れて無音カメラのシャッターを切った。
そんなことにも気づかずに花宮はレシピ本を手渡ししたあと、自分の目を見て軽く説明してくれた水戸部を思い出しはぁ…と熱い息を吐いている。
その目は国民的着せ替え人形の人形の女の子の瞳のように希望と幸福を浮かべていた。

「でもまぁ、いきなり告白なんていくらなんでも話が唐突すぎるからまずは作戦第二弾の映画に誘うやつやってみよか!」

そういって今吉はスマホを取出し水戸部のスマホにテレビ電話モードで話せるようにして花宮にパスをした。

「(今吉さん?突然どうしたんですか?)」
「ゃあ!」
「(っ?!なんでお前が今吉さんのスマホに?!)」
「みっ、水戸部、今度一緒映画見てやってもいいぜ!」
「(行くわけないだろ?!頭湧いてんのか?!それより今吉さんは無事なんだろうな!!)」

水戸部の口から出るのは花宮が木吉だけじゃなく今吉にも何かをしたんじゃないのかという疑いの言葉と、心配する言葉ばかりが次から次に出てきた。
ここまで好きな人に嫌われていると悪童の看板を背負って人に嫌われなれた花宮でも心が痛くなる。

「お、お前なんて最初から誘うつもりなんてねーよ!バァカ!」
「あっ、おい花宮!」

一方的に電話を切りベットの中に頭を突っ込んで女の子のように泣く花宮を見ながら今吉は水戸部に事情を説明したメールを入れた後少しため息をついた。

「あー、まあ元気出せや」
「おっれっ、水戸部に、水戸部にあんなに、嫌われて、俺はっ、好きなのに…!」

布団を頭からかぶったままズッズッとすすられる鼻水の音に今吉はそっと布団の隙間から箱ごとティッシュを入れると、ばぁか…と弱弱しい返事が返ってきた、悪態をつく元気はあるようだ。

「よし、練習や、練習しよ。俺に告白の練習として軽く告ってみ」
「はぁ?なんでお前に告白練習しなきゃなんねーんだよ、お前はゲームに恋してコンセントにチンコ突っ込んで感電死しろよ陰険くそメガネ」

まだ鼻声交じりだはあるがいつものゲス声で悪態をつく花宮は今吉に吐き捨てるようにそういうと、また鼻をすすりため息をついた。

「人をオタクみたいに言うた挙句とんでもない死に方要求してきよったでこのゲス…」
「でも、まぁ、どーしてもって言うなら告白練習に付き合わせてやるよ…」

布団からちょっとだけ顔をのぞかせながらもそもそと話す姿にこいつは…とあきれの感情とともにほっとけない思いがが湧きあがった。

「お前のデレポイントは相変わらずよーわからんわ…よし、そうと決まったらちょっとこいや!」
「はぁ?!」
「何事も本番に近い練習や!こーえんいくで!公園!」

腕をつかまれ近所の公園にまで連れて行かれた花宮に今吉はちょっとまっとれよ!と一声声をかけながらジャージを首元ギリギリまで閉めて着て、メガネ外して髪の毛わざと跳ねさせて出来る限りの水戸部っぽい格好をした。

「それって…まさか 」
「そのまさかや!水戸部君とワシは同じ身長!さぁどーんと告れや!」
「あいつはこんな関西弁じゃねぇよ!」

口調はしゃーないやん!と言いながらできる限り水戸部っぽい表情をして水戸部っぽいしぐさをした。


その頃何も知らない花宮のチームメイトの古橋と瀬戸はアイスを食べながら帰路についていた。

「ん、あの公園で花宮的な面白いことが起きてる予感がする…」
「お前の淀んだ目は何を読み取ってるんだ…」
「四六時中居眠りしている居眠り王子に言われたくない、あっやっぱ花宮だ、あと今吉もいる」

花宮が公園の真ん中でガニ股になって何かに話しかけている、2人はてくてくと何気無く近づいて行ったが。

「好きだ…!」

花宮が今吉に告白の連取中だった、しかし事情を知らない二人からするとジャージ着て寝起きのようなボサボサ頭の今吉に花宮が本気で告白しているようにしか見えず、二人は思わず物陰に身を潜めた。

「あれって花宮と今吉だよな なんで花宮が今吉に告白してんだよ…。」
「これは面白くなりそうだな」

真顔で動画を撮る古橋に変わり瀬戸は花宮は前から見栄を張って5股したことがあるっていいながら年齢=彼女いない歴って現実についに耐えられなくなったのか…と哀れみの目で今吉の手を握って真剣な顔で告白してる花宮を眺めた

「女にモテないからって男に走ったのか…」
「なるほど、本命の女の子に振られたり飽きたりした時用のおホモだち作りをしてるんだな…さすがだ花宮、圧倒的なゲスクズだ…」

そう言って古橋は流石花宮、ドン引きするぐらいのクズだ…と何処か楽しそうに話している。

「アレ俺らのキャプテンだからね?問題は今吉はどういう反応をするかだな…」

ここで鮮やかに花宮をフって花宮をノーマルな性癖にしてやってくれ…!と瀬戸は祈ったがその横で古橋へアイスを食べながらカメラを回し次の展開にワクワクしていた。
フろうが付き合おうが面白ければそれでいい、そんな気持ちでいっぱいだった。


「花宮きゅん!」

「ブルスァ」
「真顔で笑泣きするな!アイス溶けてんぞ!!」

瀬戸は予想のしていなかった展開に驚きつつもことの行く末をしっかり見届けなければ…とアイスを食べながら見ているが、横で古橋は真顔で小刻みに震えながらアイスを食べている。
多分寒いか含み笑いを我慢しているかのどちらかだろう。

そんなややこしい状況の時に買い物帰りの水戸部が自転車に乗って公園の前を通った。

「(あれ、公園の外に霧崎のやつと公園の中に花宮と今吉がいる…)」

公園の真ん中には今吉の手を握りガニ股になりながら赤面している花宮と、ジャージを着て寝起きのような格好をして少女漫画のような顔になっている今吉がいて。
公園の外には一部始終を見逃すまいとアイスのコーンを食べながらハラハラと花宮を見守る瀬戸と、一部始終を撮り逃すまいととろけるアイスに脇目も振らず撮影をする古橋がいる。

「(ねぇ、なにしてんの)」
「あっ、いや、これは…」
「花宮の複雑なホモ色恋模様を観察してる、ぷぷっ」
「お前はあっさりと!」

水戸部は花宮は恋多き男だったのか…と思いながら2人に混ざるようにして花宮と今吉を見た。

「俺はお前が好きなんだ!」
「花宮きゅんっ!」
「始めて会った時から、ずっとお前の事が好きで、毎日お前の事を考えたりしたら、胸が苦しくて、辛くて…っ!」
「はなみゃっ…きゅんっ!」
「付き合おうとかそんな事は言えないのぐらいわかってる、でも俺はお前のそばに居たいんだ、お前と一緒にいられるだけでいいんだ…だから、俺と付き合ってくれ…!」

演技なんかではない花宮の心の叫びにそこにいた瀬戸と水戸部は胸を打たれ、あぁ、同性愛って小説やドラマの中だけではないんだな…と思いながら今吉の答えを待った。

「花宮きゅん… おれっ、すっごく嬉しいよ…!」


へにゃ、と水戸部のように笑う今吉を見て一同は物陰から飛び出し花宮に駆け寄った、もちろんこの三人は花宮と今吉が告白の練習をしていたなんてことは全く知らない。

「はなみやぁあああぁぁ!!」
「?!」
「(花宮…!お前そうだったのか…!)」
「みみみ水戸部 それにお前らまで!!」
「(お前が似合わない料理本買ったりしたのもこのためだったのか…!)」

水戸部は何か大きな勘違いをしていると気づいた花宮はなんとか訂正しようとするが、恋い焦がれた水戸部に目と目を合わせて話をしていると思うだけで心拍数が上がり、体が熱くなり、顔から火が出る勢いで真っ赤になった。
しかし今ここで誤解を解かなければ大変なことになる。

「いや、そうだけど、そうだけど違うんだ!!」
「(そうだよな、男同士なんておおっぴらに言えないよな…でも俺はお前と今吉さんの関係を応援する!)」
「ちっ、ちがっ、ちがっ!」
「(今更今吉さんとの関係を否定しなくていい、ずっと悩んでたんだよな…)」
「あの、だからっ、ちがっ」

大好きな水戸部とこんなにたくさん会話ができ、水戸部に目を見て話してもらい話しを聞いてもらっているだけではなく、水戸部に名前を呼ばれている事で花宮は天にも登りそうな気持ちの反面で。
水戸部の勘違いはどんどん進んでいくことを食い止めることができずに目からは嬉しさと不甲斐なさと悲しさで涙が溢れた。

「(何泣いてんだよ花宮、いくら今吉さんと付き合えるからって泣くなよ…)」
「花宮オメデトウ、この告白動画は後で送ってやるよ、ぷぷぷ」
「古橋お前って奴は…生きな真似しやがって!」

勘違いの連鎖はとどまることなくねじれ続け、古橋の一斉送信によって一瞬にしてこの大惨事は霧先第一バスケ部全員に知れ渡ってしまった。
古橋だけは半泣きで否定しようとする花宮の反応を見て、花宮の本当に好きな人が誰かわかったがあえて何も言わずにいた。

「(花宮本当におめでとう、困ったことがあればいつでも相談に乗ってやるからちゃんと言えよ?あ、これメアドな)」

花宮が恋い焦がれずっと片思いしてきた水戸部に勘違いされ、ずっと欲しかったメールアドレスを最悪の形で手に入れた事に花宮は言いたいことを言葉にできないまま目からは涙が溢れた。

「わぁあぁあん!!」

ばぁあぁかぁあぁぁ!!と叫びながら渡されたアドレスを握りしめ逃走した花宮を見ながら瀬戸と水戸部はおめでとう…幸せになれよ…、と花宮は告白が成功して周りからも祝福されたことに恥じらい逃走したのだろう、と身勝手な理論を押し付け感動している、そんな二人を余所に古橋は膝から崩れ落ち笑を堪えている。
こいつは多分気づいている、今吉はそう思ったがもう何も言わないことにした。

「花宮のやつ水戸部君のアドレス握りしめて泣きながら帰ってもーた…嬉しいんやろーけど今あいつ複雑な気分なんやろうな…しかしこれを素でやる水戸部君恐ろしいわ…」

最近やたらと花宮に会うことが多い、しかも会うたびにだんだんと仲良くなっている気がする…
水戸部は何時もの本屋を出ていつも喫茶店で紅茶を飲みながら考えにふけった、木吉にしたことは許せるもんじゃないし許しちゃいけないけど…いつまでもツンケンしているわけにはいかない。

「(俺はどうやって花宮に接するべきか、いや接しない方がいいのか…?)」

堂々巡りな考えが頭の中をグルグル回っていると目の端にチラチラと黒髪が見えた、チラチラと動く方を見ると急に目があったことに驚いたのか花宮がびくりと肩を震わせて水戸部の横に立っているのがわかった。
後ろに本を隠しているのが丸わかりだ。

「や、やぁ、水戸部…!」
「(なんだ、お前か)」
「偶然たまたまお前の好きな作家の新刊の初回盤サイン入り本をどういうわけだが間違えて一冊多く買ったから分けてやらんこともないぞ…!」
「(手が震えて冷や汗ダラダラだぞ…会うたびに体調不良なのは良くないからたまにはしっかり休めよ)」

ため息をつきながら本を受け取ると花宮のかさつきささくれズタボロになった手に目が行った、ここまでひどい状態の手を見るのはハンドクリームのCM以外初めて見る

「(おまっ…お前曲がりなりにもバスケやってんだからケアしろよ!!)」
「ふぇっ いや、いい、から!」
「(言い訳ないだろ!塗ってやるから大人しくしろよ!)」

ほら、いい匂いのハンドクリーム塗ってやるから!と腕を強引に手を握られ水戸部が座っているカウンター席の横に花宮を座らせ手にハンドクリームを塗り始めた。
突然のことに花宮の心臓は破裂しそうになった。
この手荒れは水戸部と話すきっかけが欲しくてまずは同じ趣味を持つために裁縫や料理に手を出すが全部空回りして、何もかもうまく行かなくてとほうにくれていたがどうしても諦めることが出来ずに、意地になって続けていた時に出来た手荒れでこの手荒れは水戸部に恋焦がれて出来た手荒れでもあるのだ。

水戸部の手の温もりでとろけたハンドクリームは花宮のかさつきズタボロになった手指にゆっくりゆっくり浸透して行った、だが花宮本人は水戸部に触れられた+水戸部と会話した+水戸部に心配されてるのトリプルコンボで、今まで空回りしてべそかいてふて寝したことが全て報われ嬉しさのあまり今すぐにでも泣き出しそうになった。
けれど花宮は水戸部の前で泣くわけにはいかないと必死に涙を堪えた。

「(あと、その本俺に売ってくれないか…?1800円だよな?)」
「お、お金なんて、いらっいらない…!」
「(でも、そういうわけにはいかないだろ?)」
「で、でもっ、俺は喜んでもらえただけで、十分だから、じゃぁ…また、な!」
「(あっ、おい!行っちゃった……。)」

ヒュンッ、と音速のような走りでその場から立ち去った花宮は心なしか笑っていた、気がした。
その場に取り残された水戸部は呆然としたがすぐに、そうだよな、俺は俺で過去は過去だ、今は友達にはなれなくても、あいつと向き合って行こう。と考えを新たにして冷めた紅茶と読みかけの本をまた読み始めた。


   *


「水戸部にっ!心配されたぁ!水戸部がっ!俺を心配してくれたあぁあぁあ!!わぁい!」

ひゃっほー!と花宮は嬉しさのあまり笑泣しながら全力疾走で町を駆けずり回った。

花宮が職務質問されるまであと6分。


夢とはいつも唐突で、いつも幸せでずっと見ていたいもので、自分にとって幸福に満ち溢れたものだった。

「ん、あれ…?」

ぱち、と花宮が目を開けると古橋の部屋のベットに寝かされていた、起き上ろうと体制を変えようと体をひねると体がズキンと痛んだ。

「起きたか」
「古橋、ちょっと聞いてくれさっき水戸部にお姫様抱っこされた夢を見た…死ぬほど幸せだった…」

はあ…と色めいたため息をつくと花宮とは反対に古橋は灰色のため息をつき暖かいココアをテーブルに置き自分の分のココアを静かに飲んだ。

「いや、実際お前は下校中に駅の階段に捨てられていたバナナの皮で滑って転んで気絶したから偶然通りかかった水戸部がお前を抱きかかえて一番近い俺の家に運んで、つい1時間前までお前の手を握って心配していたんだぞ」

その話に花宮が幸福絶頂の顔から地獄の亡霊のような顔に変わり、人生でこれ以上ない絶望をした。

「なんで起こさなかったんだよ…!」


   *


「いつもより遅かったやん」

いつもの喫茶店で紅茶を頼むと横の席から聞きなれた声がしたので、声の方に振り返ると今吉がミルフィーユとメロンソーダを飲んでいる。

「(今吉さん、)」
「いつもより30分も遅いなんて、なんかあったん?」

なぜここにいつも通うことを知っているのかが気になったが、聞いたら面倒なことになりそうだったのであえて何も聞かないことにし、手招きしている今吉の席に相席することにした。
そしてそのまま遅れた理由を離すと今吉はひとしきり笑い狂いった後、花宮の中学の事を思い出した。

「そーいやあいつは前にもミカンの皮踏んで滑って転んでたからなぁ、そんでどないしたん?」
「(つい1時間前まで手を握って起きるまでそばに居たかったんですが古橋君に大丈夫だから帰ってもいいって言われてチェキ取られました)」

古橋の行動から考えたらその撮った写真をどうするのかすぐに理解でき、今吉は目覚めたときの花宮を想像するとニコリと笑った。

「(花宮に売りつけるつもりやな、)」


   *


「なんで起こさなかったんだよ古橋ィィ!!」

俺の夢が夢で終わっちまったじゃねーかよ!!などと喚き布団の中でゴロゴロと回転しながらヘビメタバンドのデスドラムのようなリズムでベットのマットレスを殴った。

「(起こしてもすぐに倒れるだろ…)まあまあ、お前が寝ている間い俺の愛車ならぬ愛チェキで水戸部がお前を心配していた一部始終を撮っておいた」

濁った瞳で淡々と話す古橋に違和感を感じた、こいつがこんな態度をとるときはたいていよくない事を考えている時だ。

 

「…何が望みだ、古橋」
「望み、とかそんなすごいものは要求しない」
「じやあなんだ、早く言えよ」
「古典の先生のヅラを授業終了のチャイムと同時に剥ぎ取れ、それだけでいい」
「」

何真顔でとんでもないことを言うんだと思わず絶句した。


   *


とある日の桐皇学園高校の誰も立ち寄らない階段の一角で諏佐は弁当箱からカニ型のウインナーをこっそり強奪している今吉にぺしっと頭にチョップをした

 

「あぁん、諏佐のいけずぅ~!」
「窃盗税で死刑にすんぞ」
「いややわ~諏佐がびっみょーにノってるかどうかわからんのが一番やりにくいわ~」
「そんな三文芝居するぐらいならさっさとメールを見ろ、たぶんそのメール最近出来たメル友の古橋からだぞ?」

へいへいとそっけない返事をしながら届いたメールを見ると、今吉は諏佐から強奪したウインナーを吹き出し階段から転げ落ちた。


「ファーwwwファッファーwwwww」
「今吉?!転げ落ちてのたうちまわるぐらい笑ってどうしたんだ …?!この動画か…?」

その動画は授業終了のチャイムと同時に先生のヅラを剥ぎ取り全力疾走で教室から逃げ出した花宮を先生があわてて追いかける動画で、その動画を見た諏佐もまた笑いすぎて階段から転げ落ちた。

入れたかったけど入りきらなかった小ネタ

今「あんなぁ、水戸部君。花宮は太眉で黒髪の物静かな子が好きやねんて~」
花「今吉てめぇ!(そんなん俺が水戸部に片思いしてるってばれちまうだろうが!!)」
水「(黒髪、太眉、物静か…貴様が千草の彼氏候補か!認めん!)」
花「ちげぇよばぁか!!ばぁか!ばぁか!」


水「(書店で小説買ったらフェアでしおりが着いてきたんだが別に集めているわけでもないしダブったから本屋にいた花宮にしおりあげたら泣いて喜ばれた、花宮はアンパンマンがよっぽど好きみたいだ…)」
今「水戸部君それちょっと違うで」

プラトニックノイズ

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