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短編


夏祭りの宵


「ねぇとべちん夏祭り行こーよ、そんで射的でいっぱい景品とったげるし〜」

だから夏祭り行こーよー?とケータイ越しに話している、紫原の声に水戸部はつい屋台で無邪気にはしゃぐ紫原を想像し思わず笑みがこぼれ了解した。

「あ、もちろん浴衣じゃないと許さないからね」
「(⁈)」
「じゃあまたそっちに行く時連絡するかんねー!」

取り付く島もなくブツッっと電話を切られ様々なことが頭の中を同時によりぎり、普段は無口な水戸部がさらに押し黙った。
身長が208㎝もある男が着る浴衣なんてあるのかと思ったが紫原本人が言うのだからあるのだろう、だが紫原は一言も俺も浴衣で行くからなんて言っていない。
だいたい身長に見合ったゲタなんてあるのか。

そもそも水戸部の家は大家族なのでには水戸部専用の浴衣がない、それか最大の問題だ。

「(父さん浴衣貸してくれるかな…)」

最後に浴衣を着て夏祭りに行ったのはいつだっただろうか、もしかすると次男が生まれてすぐぐらいかもしれない。
そんなことを考えながら浴衣を探した。


    *


水戸部との電話を半ば無理やり切ったあと紫原はすぐに他の人に電話をした。

「あっ、もしもしみどちん⁉みどちんのおかげでなんかうまく行きそうだし!あんがと!今度オススメのお菓子ベスト20送るし!」
「…紫原、まずおちつけ」


「だって夏祭りとべちんとデート出来るとかおちつけねーし!今ならまたゴール壊せそうだし!」

紫原のきゃあきゃあはしゃぐ声を聞きながら緑間は受話器越しについ笑った、けれども自分のサイズの浴衣すらあるかないかで言うと無いほうなのに身長が208㎝もある男が着る浴衣なんてあるのかと不思議になる。

「ところで、お前のサイズの浴衣はあるのか…?中学の時は甚平だったが今年も甚平なのか?」
「んーん、なんか赤ちんが用意してくれるんだってー」
「なら大丈夫そうだな」
「うん!みどちんありがとー!じゃあねー」

ブツッと電話が切れると緑間は赤司が用意するなら多分大丈夫だ、と思った反面で奴の事だから布から選び手抜い手染めぐらいしそうだと思いながらため息が出た
あまりめかしこみすぎて水戸部さんが引かなければいいのだが…
などと考えながら緑間はすべて杞憂で済むことを祈った。

    *

夏祭り当時

大半の兄弟たちは両親と一緒に夏祭りに行き千草は可愛らしい浴衣を着てクラスのみんなで夏祭りに行くらしいようで、水戸部はわりとすんなり一人で家を出ることが出来た。

「(敦くんサイズの浴衣とかあるのかな…?そもそも浴衣なのかな…?)」

どっちなんだろうと悶々と考えながら慣れないゲタで夏祭り会場に行くと、頭二個分大きな人がいるのが遠くからでも一目でわかる。
紫原だ。

「とべちんまだかなー早く焼きそばとか食べてーし…」
「(あ、敦くん!)」

後ろからの声にばっと振り返ると少しヘロヘロな水戸部がいた、走ってきたのか息が荒くなっている。
荒い息に汗ばんだ肌、青黒い浴衣に薄灰色の帯の浴衣姿に紫原はどきりとしたが、深い紺色の浴衣に明るめの藍色の帯に後ろ髪を一つにまとめ上げた姿に水戸部も紫原同様どきりとした。

「(あ…ごめんね、待った?)」
「んーん、今きたとこだし!ね、早くまわろ!」

二人は今すぐ抱きつきたい衝動を抑えながら賑やかな出店に足を運んだが、射的では銃を構えて発砲する水戸部の姿に紫原が心臓を撃ち抜かれ言葉を失い、金魚すくいでは大きな出目金を見事にすくい無邪気に笑う姿にをみて抱きしめて撫で回したい衝動に水戸部は必死に耐えながら唇を閉ざした。


つまり二人は最初に浴衣姿を見てからまともお互いを直視できない、そしてまだお互いに会話らしい会話をしていない。

けれど大きな出目金を取れた事に何も言わない水戸部と、水戸部が浴衣姿になっただけでまともに直視できず会話ができない自分自身に少しづつ腹が立ち始めた。

しかし水戸部は水戸部で、どうしよう…いつもはかっこいいのに今日はなんだか敦くんがかわいく見える…いくらなんでもこんなこと本人には言えないな…。
などとうつむき思いめぐらせて先頭を歩いていた紫原が急に立ち止まるのがわからず水戸部は思わず背中に顔をぶつけた。


「あのさぁ、とべちん…」
「(?)」
「わけわかんないんだけど、なんで今日そんなにかっこいいの?」
「(はい…?)」
「せっかく久しぶりに会えたのに、いっぱい話したこともあるのに、顔見て手をつなぎたいのにとべちんがカッコよすぎて全部できねーし!」

バカバカバカバカ!とべちんの大バカ!
と紫原は背を向けたまま逆ギレされたが水戸部は攻めることなく、自分も紫原の事を直視できずにいたしいつもより一層無口になっていたことを認め、未だこちらを振り返らずに背中を向けて話す紫原の前に回り込み視線を合わせた。

「(あのね敦くん、俺もおんなじなんだ。)」
「ふぇ?」
「(俺も敦くんが、かっ、可愛くてちゃんと目を見て話すことができなかったんだ。)」

すこし恥らいながら話す水戸部に紫原は目を離すことができなかった。

「(俺、今からちゃんと敦くんの事見てあげるから敦くんも俺を見て?)」
「っ〜!」
「(ごめんね敦くん)」

そう言うと紫原は顔を真っ赤にして水戸部を抱きしめながら、とべちんかっこよすぎてわけわかんない!と叫ぶように一気に話しだした。

「いつもはかわいいくせに今日はかっこいいとかわけわかんない!とべちんのバカバカ!バカバカバカバカバカバカ!好き、好き好き、大好き…!」

そういいながら紫原は顔を真っ赤にしながら水戸部の顔を見つめてバカバカと言ってたが、今度は消え入るように好き好きと呟いた。
俺も敦くんが大好きだよと言って抱きしめ返すと、紫原は恥ずかしいようなうれしいような表情をして。
じゃあ今から一緒に回りなおそ!と笑顔で言うと、水戸部は紫原の手を握り笑顔でうなずいた。

ある日の午後

 


「とぉーべちぃん!すきすきすきぃー!!」

ぎぅっとベッドに座る水戸部に抱きつく午後1時半、水戸部は学校の休みを利用して秋田に遊びに来ており、紫原も今日は部下は無く水戸部に甘えたい放題だ。

「とべちんとべちんとぉーべちぃん!すきすき大好き!」

ちゅちゅちゅ!とキスをすると水戸部はなんだが申し訳なさそうに紫原を見つめ立ち上がった、少しだけ悲しい顔をしているように見える。

「…とべちん?」
「悪いなアチュシ、リンはすでに俺のワイフさ」
「室ちん どうやって入ったの 」
「ついでに言うと俺の子供を身籠ってるんだ、名前はキャシーさ」

水戸部の腰に手を回しアメリカンドラマのようにオーバーな身振り手振りを使い話し出す氷室に恥ずかしそうに笑う水戸部、紫原だけ状況に全くついて行けない。

「とべちん、どういうことなの…、 ?」
「(ごめんね敦君、俺今からドバイでハネムーンなんだ!!すっごい楽しみ!)」
「とべちん… 」

水戸部の手には子猫ぐらいありそうな大きなダイヤの結婚指輪がはめられている、本当に結婚したらしい。

「(じゃあね敦君!!)」
「お土産期待してろよアチュシ!」

二人はそう言って紫原の部屋の扉を開けると部屋に紫原を残しペガサスに跨り空に飛びたった。

「待ってよとべちん!とべちんは俺と恋人なんでしょ ねぇ!」
「愛はどんなものより強いんだぜ!アチュシ!」

ペガサスに跨り霧の彼方に消えゆく二人を走って追いかけるが、いくら走っても全く追いつけない。

「そんなん認めねーし!許さねーし!とべちんってば!」
「(ごめんね!俺は氷室君と幸せになるよ!)」
「やだ!そんなの絶対にやだぁ!」

どんどん遠くなる二人に紫原は再び声をあげて叫んだ。

「いやだあぁぁあぁあ!!!!」
「うるいよアツシ」

カチカチと針の音が響く学生寮の紫原の自室で目を覚ますと氷室が勝手に入り込み、ポケットに紫原の下着を詰め込み素知らぬ顔で下着泥棒をしている。

「悪い夢でも見たのか?アツシのことだからお菓子関係の夢かな?」
「…現在進行形で悪夢を見てるし、なんで俺の部屋に不法侵入パンツを盗んでんの」
「やだなぁ不法侵入に盗みだなんて品がないよ、部屋をノックして返事がなかったからもしかして中で倒れてるんじゃないかって心配になってピッキングして扉を開けたらパンツちゃんが持ってかえって欲しそうにしてるからポケットに入るだけ入れたんだ。」

言葉をいいかえるだけで悪も正義になるんだ、とブロードウェイの舞台俳優のような動きでキラッキラのイケメンオーラを撒き散らしながら話す氷室の言葉に反論する気にもなれかなった。

「それにしてもアツシは朝からご機嫌斜めだな、今昼だけど」
「夢の中で室ちんにひどいことされて起きたら室ちんが下着泥棒してて腹立たしいからだし!!パンツ返せ!」
「おいおい、そうカリカリするなよ…、ハッ!もしかしてパンツの中に蜂でも入ってるのか!今助けてやるからな!アツシのおしり!」
「そう言いながら玉さわんな!もー怒った!室ちんなんてこうしてやるし!」

氷室の腹部に腕を回してひょいっと持ち上げそのまま後ろに体を逸らしブリッジをするようにして氷室を床に叩きつけた。

「じゃーまんすーぷれっくすほーるどっ!」
「ぐぇっ!いきなり、ひどい。じゃないか…」

頭を強く打ち付けたのか氷室は言葉を途切れさせながら三半規管がぐらつきを抑えるように息を大きく吸っている、だが紫原の怒りはそれだけでは収まらなかった。

「室ちんにはいつもいつもセクハラされまくってるから今日と言う今日は仕返しするんだかんね!」
「えっ、ちょっ!あはははっははっはは!!敦ストップ!ストップ!!あはははは!!」
「まだまだゆるさなねーし!」
「ひゃあっははっはっははは!!ヘルプ!ヘルプミー!!」

氷室が逃げないように両足で手首を踏みつけて固定し、お腹に尻を置いてガッチリ逃げられないようにしたまま脇をくすぐり続けた。
氷室は魚のようにビチビチ跳ねるように抵抗したが全く効果がない。


        *


「しっかし、せっかくの三連休をこんなことに使うなんて敦は相当愛されてるアル」
「(そ、そんなんじゃないよ!ぶらり秋田に一人旅しに来たついでに寄っただけだよ!!)」
「秋田の名所らしい名所もないこんな山奥にある学校にアルか?」
「(…敦君に会いに来ました)」

どうせそんなことだろうといいたそうな顔をした劉は学生寮の廊下を水戸部と歩いている、あいつにはもったいないぐらいの恋人だ、と少しだけはにかむ水戸部を横目に見にがら胸の奥がほんの少しくすぶるような感覚がしたが、あえて気が付かないふりをした。

「水戸部みたいな恋人がいたら敦もそりゃのろけるアルな」
「(のろけるって…)」
「しょっちゅう『とべちんのカップケーキのほうがおいしかったし』とかいっぱい言ってるアル」
「(もう、敦君ったら…)」

会ったら怒らなきや!と意気込む水戸部と、胸の中のくすぶりがもやもやしたものに変わりほんの少しの苛立ちを募らせた劉は紫原の自室に向かった。



「やっべぇ…」

長時間くすぐり続けたせいで氷室は放尿し涙とよだれまみれになって軽いけいれんをしている、これは放置していたらだめだ、早く何とかしないと。

「とりあえずズボン脱がして、きれいに拭いてからベットに寝かせて…室ちんうんこまで漏らしてないよね…?」

さすがにそこまで面倒を見ることになったらどうしようと思ったがここで放置して悪臭が漂ってくる方が問題だ、紫原は意を決して気を失ってる氷室の足を持ち上げ肛門部分を見たが何もなかった。

「よかったぁ…」
「(敦君遊びに来たよ!)」
「客人連れてきたアル感謝しろよ」

バタン!と水戸部が大きな音を立てて開けたドアの向こう側には下半身をさらけ出しぴくりともしない氷室に股の部分だけ濡れた氷室のズボン、散乱した紫原のパンツに氷室の足を持ち上げ肛門部分を広げるようにしている水戸部の彼氏が部屋の真ん中にいた。

「と、とべちん?!こここれにはいろいろとワケがあって…!!とにかく話を聞いて欲しいし!」
「そ、そうアル、敦もああ言ってるしとにかく話を…!」

二人があわあわとしている中水戸部は無言でどこかに走って行った、顔は青ざめ目には涙がにじんでいた。

優しい牢獄

 

知り合ったのはWCの時、
付き合い出したのはWCが終わってから、
健全な男子高校生が健全な男子高校生らしく付き合うには密接な時間が必要なのだが、二人にはその時間は余りにも少なく会えない時間の方が多かった。

「(それでね敦君がね、)」
「ふーん」
「(コガ、ちゃんと聞いてる?)」
「あぁうん聞いてる聞いてる、つか敦君以外と話しちゃダメなんだ、ごめん!じゃなかったのかよ」
「(コガとは話してもいいって許してくれたんだ)」

それは恋敵とすら見られてないという事なんだろうなと、幸せそうな水戸部見ながらコガは思う。

「(ね、優しいでしょ?)」
「いや、なんつーか…」
「(?)」
「やっぱ、なんでもない…」

幸せそうな水戸部を見ると言いかけた言葉が出なくなる、はたから見ればいびつすぎる愛に水戸部は嘘偽りのない幸せそうな顔で幸せそうに笑う。

それはもう、幸せそうに。

「(あ、ごめんコガちょっと電話しなきゃ)」
「おー」
「(本当にごめん!)」
「はぁ…」

2人は付き合ってからこまめに電話をしたりして現場報告をしあう、それも異常なまでに。

「粘着質ストーカーみたいに紫原と恋に盲目になった水戸部、なんだかなぁ」

2人が幸せなら親友としては干渉するべきではないとわかっているのだが、日に日に二人の依存度が高まって行っているような気がしてならない。

「よう、水戸部の様子はどうだ?」
「伊月、あいつらは相変わらずだよ」
「ははは…」
「こーゆーのなんていうんだっけ、メリゴーランド?」
「メリーバッドエンドだよ、過度の相互依存によって発生する悲劇のことなんだけど。主に、本人達だけが幸せに感じて終わり、周りから見たらそれはとても見ていられないようなやるせない気持ちになる悲劇を指す。逆に、本人たちの不幸が結果だけを見たときに世間的にハッピーエンドであればそれもメリバ。なんだってさ。」

カチカチとケータイを見ながら話す伊月を見た後嬉しそうに笑いながら帰ってきた水戸部を見てため息をついた、十人十色の幸せとは言ったが、やはりこの恋は何かがおかしい。

「何も起きなきゃいいけどなー」

 

 

しかしその願いは叶わなかった。
この世界には神様なんていないと小金井は朝食のパンを床に落としてリビングに流れるニュース速報に目を奪われた。

プラトニックノイズ

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