やきもち
「とべちんが最近冷たい」
かかって来た電話の第一声がそれだった。
「だから、なんなのだよ…」
「なんなのだよ…じゃねーし!これはやべーんだし!ユユシキ事だし!」
小声で怒鳴る紫原に緑間はベッドから起き上がり眼鏡をかけ時計を見た、深夜2時に電話をかけてくるなんて非常識過ぎるだろう。
「思い当たる節はあるのか?」
「ない!」
言い放つ紫原に緑間は一つため息をつく
「とりあえずあったらいつも何をしているかを教えるのだよ」
そこから何かわかるかもしれないと言った緑間に紫原は子供のようにう~んと唸りながら考え始めた
「えっとねーこないだとべちんあった時に何食べたいか聞かれてね~あっ、そーいやあんときのお菓子ちょーうまかったし!あぁそれでそん時とべちんがねー」
もにゃもにゃと話す紫原の話をまとめると、水戸部に今度遊びに来たときに何食べたいか電話で聞かれビシソワーズが食べたいと答えたのだ。
いつもの紫原なら甘いお菓子やオムライスやいかにも子供が好きそうな物ばかり頼むのだが今回はいつもとはあまりにも違う料理に水戸部は驚き、なぜそれが食べたいのかと質問したら紫原は昔仲が良かった女の子の家で食べたビシソワーズがまた食べたくなったと答えたらしい。
それですめば良かったのだがあろう事か紫原は昔仲良くしていた女の子の思い出話や楽しかった話をし続け、話しの最後を「もしかしたらあれが初恋だったかも…」と言ったところで電話がいきなり切れたらしい。
「それはどう考えてもお前が悪いのだよ…」
「とべちんったら笑ってそうだねとか、前は言ったから今回も言うと思ったのに言わなかったし…」
「お前、前にもそんな話をしたのか…?」
うん、と悪びれもなく話す紫原にいつもは決して大きな声を出さない緑間が大声を出して激怒し明け方近くまで説教された。
*
「おふぁよぅー」
「おはよう敦、あれからリンと連絡取れたか?」
「んーん取れない、メールは届くけど電話は切られちゃうし家にかけても居留守つかわれちゃうしー」
とべちんちょー頑固だし、と口では何時もの口調で言うが顔は不安が滲み出ている。
足取りもどこか引きずるように重たげに見えるのはきっと気のせいではない。
「いつもみたいに、とべちん来ちゃった!ってしないのか?」
「もう交通費ねーし…」
はぁーあ…と空を見上げて停滞する灰色の雲を見ている。
暗い気持ちでいっぱいの紫原に氷室はニコニコしながら手袋を外し、手をひらひらと裏返したり戻したりしている。
「何してんのさ室ちん」
「ここに魔法の手があります、これの手は敦の耳に触るとー?」
「室ちーんいったい何してんのー!?」
ジャジャーン!と氷室が紫原の耳の後ろから欠席届けが受理されたことを示す担任と監督のサインと秋田から東京行きの新幹線のチケットを取り出した。
「⁈⁈ 室ちんっ!えっ、えっ⁉︎なんでっえっ⁉︎」
「魔法だよ敦!」
ニコッと笑って言うと混乱している紫原に氷室は駅の報告を指差し、次のはもうすぐだぞ、と言うと混乱していた頭はすぐに混乱から行動へと移行した。
「ありがと室ちん!後は任せたし!!」
「急げよ敦!」
ふぅ、とため息をつくと紫原はもう見えなくなるぐらい遠くに行ってしまった、紫原を見送ると氷室はまた歩きだし学校に向かいながら水戸部からのメールを見た。
「ほんと、二人とも手がかかるよな」
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つまらないことで喧嘩をしてしまった。
昔の事にいちいち目くじら立てていたらどうしようもないことぐらいわかっていたのに、あの時の自分はいつもの自分と違い冷静さを失っていた。
けれど心のどこかでそれでもまだ自分悪くないと思う気持ちがないわけではない、そんな気持ちが邪魔をして自分から謝罪することができずいまだに謝れずにいる
「(こんな意地っ張りなところが自分にあっただなんて…)」
俺もまだまだダメだなぁ…と思いながら鞄を背負い治し歩き出すと後ろから1番聞きたかった人の声が水戸部の名前を呼んだ。
「とべちんっ!」
「(ついに声まで聞こえるようになってきてしまった…重病だなぁ…)」
「とべちんっ!とべちんっ!」
「(あれっ…もしかして、本当に夢じゃない…?)」
水戸部はそう思い後ろ振り返ると、紫原が息を切らしながら少し離れたところに立っている。
「とべちんっ!」
「(あつ、し、くん…)」
謝らなければいけないとわかっているけれど、あの大きな手でその女の子に触れたり、大好きな笑顔を自分以外に向けたりしたのかと思うと体の奥がじりじりと痛くなる。
「っごめんなさい!」
「(…、)」
「俺、とべちんにいっぱい無神経な事言ったし、みどちんにもいっぱい怒られた!」
「(うん、)」
一生懸命に話す紫原をただじっと見つめる、その視線は今まで見せたことのないようなとても冷たい視線だった。
「昔はいろいろあったけど、でもでもっ!俺今1番好きなのは、とべちんだし!」
「(…うん)」
「だから別れるなんて言わないで!俺は本当にとべちんだけだからぁ!」
「(うん…?)」
確かに怒っていたが昔の事だし、今その女の子と紫原が浮気しているとかではないから別れるつもりはなかったのだが、どうやらこちら勝手に別れ話を進めているようなことになっているらしい。
話がどこかでよじれている、そう思い水戸部はどういうことか詳しく聞こうと思ったが紫原は半ばヒステリー起こしてる状態になりながらわんわん泣きはじめた。
「みどちんに全部聞いたし!俺が昔話なんかするからとべちんがあれから別れる準備として毎晩丑三つ時に白装束を着て頭に懐中電灯取り付けて毎晩近所の神社のご神木に藁人形をうち付けて俺のこと呪ってるんだぜwwwwマジバロスwwwってみどちんのメールに書いてあったし!!」
水戸部はその話を全部聞くと不思議なくらい緑間の愉快でひょうきんで鷹の目の相棒を思い出した。
「(あのね敦くん、俺別れるつもりなんてないよ?)」
「ふぇっ…?でもみどちんからのメールじゃ…」
「(多分あれば緑間君の相棒がついた嘘だと思うよ、そりゃあ昔の彼女との思い出話を聞かされていい気分じゃなかったけどさ…)」
「えっ、」
「(えっ?俺何か変なこと言った?)」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった紫原は先程の泣き顔と違いとても不思議そうな顔をしている、決して涙のと鼻水が消えたわけではないが。
「俺、彼女って言えるぐらい長く付き合ったような子いねーし…」
「(えっ⁉︎でも昔の彼女の家で食べたビシソワーズがまた食べたくなったって…)」
「それは昔仲良くしていた女の子の家って言ったんだかんね!!しかも昔って小学校上がる前の話しだし…」
それじゃあ自分は今まであんなに怒ってメールや電話すべて無視していたけどそれが全部自分の勘違いだったなんて思うと恥ずかしくなってくる。
「(そうだったんだ…そうとは知らずに俺、その、なんていうか…ほんとにごめん!!)」
「俺だってとべちんに嫌な思いいっぱいことさせたし謝るのは俺の方だし!」
「(おれのほうこそいっぱい敦君に嫌な思いさせたから…ってこれじゃ埒が明かないから普通に仲直りしよっか)」
仲直りしよう、と聞くと紫原はバスケの時以上に俊敏な動きで水戸部に抱きつき、涙と鼻水でベタベタに濡れた顔を肩にうずめながら、とべちぃいぃん!だいすきだよぉおぉお!!と号泣された。
月曜日の通学路のど真ん中で繰り広げられた出来事に周りは見て見ぬふりをして通り過ぎたが、その一部始終を黒子と一緒に近くの物陰から見ていた火神はすぐに氷室に、こーゆー事はちゃんと場所を選ぶよに言っておけとメールを送信した。