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​短編

落下速度

 


千草にどうしても行きたいから凛兄ついてきて!と頼まれて世界のテディベアとフラワー展に行ったが、
途中千草の友達とばったり出会い仲良く話ながら展示物を見る二人を見て水戸部は思わず。
「お兄ちゃんも友達が来てるらしいからそっち言っていい?」と千草に小さな嘘をついて二人から離れ、完全に手持ち無沙汰になったのだ。


「(近くでフリーマーケットとかやってないかな)」

水戸部はケータイで会場で近くで何かやっていないか調べると、すぐ近くで某国民的アイドルグループの握手会が近くでやっているらしい。

「(アイドルなんて興味ないけど、何もしないよりマシかな…)」

そう思いながら歩き出すとわりとすぐにたくさんの並ぶ人が目に入った。
それは水戸部が今まで見た事もないような長蛇の列にピンクのハッピにアイドル一人一人の名前が刺繍された特攻服を着て、皆一様に俯きながらアイドルの名前を呟く姿ははっきり言って怖い、ものすごく怖い。

「はぁ?ふざけんじゃねーよ!いいからさっさと来いっつてんだよ!」

前のほうにいる電話越しの相手に激しい口調で話す金髪の男もピンクのハッピを着ていては怖いという感情はないな、とぼんやり思いながら見ていたら後ろ姿に心なしか見覚えがある。

「お前が来ないと応援の時のウェーブに穴を開けてしまうだろーがよ!うるせぇ!早く来ないとお前の軽トラパクって轢くぞ!!あっ、こら切るんじゃねぇ!」

舌打ちをしてケータイを切ると、ピンクハッピの男が水戸部の方向に振り返ると目があった。

「お前は…誠凛の水戸部、だよな?」
「(えと、さよなら!)」
「まぁ待て、ここであったのも何かの縁だし来いよ」

来いよと、断る事もできそうな事を言っているが腕はがっちり固定されている。
逃げる事はできなさそうだと悟った水戸部は大人しくついて行った。

 

するとライブ会場に連れて行かれペンライトとありあたんこっち向いて!と書かれたうちわを渡された。

「(あの、これは…?)」
「見てわかんだろ、木村の穴埋めだ」
「(やっぱり…!)」
「興味ないかも知れねーがタダで塩辛アイドル有明海★ありあたんのコンサートをプレミアム席で見せてやるから今日は黙って楽しめ」

今のアイドルにはネーミングセンスはないのかと名前の酷さに絶句しながらワクワクしている宮地を見た、まるでアニメが始まる前の子供のようだ。

しばらくして大きなステージ音と暗くなる客席に反して明るすぎるスポットライトがステージの中央に向かい、観客の野太い声が響くと同時に皆同時に立ち上がりライブが始まった。

 

        *


「ありあたんの…ありあたんの…!」
「(うん、わかったから…)」
「それをくれるなんて…お前いいやつだな…!」

ライブの最後に投げられたぬいぐるみの中に一つだけキスをしたぬいぐるみが投げられ、それを水戸部がキャッチして宮地に渡してからさっきから宮地はベソベソと泣きっぱなしだ。
宮地にとっては大切なアイドルからのぬいぐるみかもしれないが水戸部にとってはただのぬいぐるみだ、それを欲しがっている人にあげるのは当然だろうと水戸部は思っている。

「(あー、水買ってくるね)」
「ありあたん…ありあたんの…おぉ…」

アイドルオタクと言うのはみんなああなのかと思いながら水戸部は自販機にお金を入れようとすると後ろからいきなり殴られた。

「(…⁈)」
「我らがありあたんのぬいぐるみをキャッチできただけでなくそれを人に軽々しく渡すなど、そんな男ファンではないわ!」
「(えっ?えっ⁈)」
「何も話さないと言う事は肯定すると言う事か!ありあたんのにかわファンは死ね!」

2人の男達に押さえつけられ理不尽に顔を殴られ頭は錯乱し、足で腹を蹴り上げられ胃液が逆流しそうになるが必死に耐えた。

「にかわファンには死を!我ら親衛隊には幸福を!」

抵抗しようと腕を動かしたがガッチリ抑え込まれていて抜け出せない。
だが楽しそうに水戸部を殴っていたリーダーであろう男が左に吹き飛んだ。

「っだぁ!!いきなりなんだ!」
「いきなりなんだじゃあねぇだろ!」

水戸部が吹っ飛んだ男の反対側をみると、ぬいぐるみをおんぶ紐のようなもので背中に縛った怒り浸透の宮地がいる。

「てめーらみたいなのがいるからアンチがどうのこうのって言われるんだろうが!」

そう言って水戸部の左を押さえていた二人目に右ストレート喰らわしながら、右を押さえていた殴られそうになるが左手でガードしそのまま相手の腕を掴み男の関節の逆に回し男を転ばせ、立ち上がり後ろから襲いくる男に蹴り倒したあとに胸ぐらを掴み頭突きをして吠えた。

「水戸部はライブに始めて参加した一般人だ!手ェ出したらどうなるか思い知らせてやる!覚悟しろ!」

まるで一昔前の格闘ゲームのようにさっきの男たちをなぎ倒す宮地に水戸部は呆然とするが、たまにぬいぐるみのかわいい瞳と目が合うので戦う宮地にかっこいいと言う感情は全くわかなかった。
そもそもあの体のどこにそんな力があるのだろうか…

「水戸部に二度と手ェ出すんじゃねぇそ!わかったか⁈ってもういねぇ…」

少し乱れた服を戻しため息をつく宮地に水戸部は恐る恐る、あの、宮地くん…大丈夫…?と訪ねたが宮地は何でもなかったような表情をして振り替えた。

「ん、あぁ、これぐらい中学の時よくあったし別にな、ってかお前の方がやべーだろ」
「(ちょっと痛いだけだから)」
「嘘つけ唇切れてんぞ」

水戸部は治療してあげるから、とカバンから小さな救急セットを取り出し宮地をベンチに座らせ治療し始めた、宮地も水戸部ほどではないが怪我をしている。

「悪かったな」
「(?)」
「ありあたんのライブでぬいぐるみゲットできたやつは熱狂的なファンに襲われるって聞いた事あるのに、ありあたんのぬいぐるみがゲットできた嬉しさに水戸部が狙われるなんて思わなくてな…」
「(宮地くん…)」
「守ってやれなくてごめん」

いつものツンケンした宮地からは想像もできないような落ち込んだ声で、俺の事は嫌いになっても、ありあたんの事は嫌いにならないでくれ…とぽそりと言う宮地に水戸部は苦笑しながら宮地の手を握った。

「(でも、俺を助けてくれたから許すよ、ありがとう宮地くん)」
「水戸部…!」

水戸部にとってはただのお礼だが、宮地にとっては違ったようで。

「まぁ、またチケット余ったら連れて行ってやるよ…」
「(アイドルのコンサート以外がいいなぁ…)」
「じゃあバスケの試合しかねーよ…」

宮地心の中で何かが落ちた音がした。

 

宴の後で

 

かなり前から宮地の誕生日にサプライズパーティをして宮地を驚かそうと企画していたが今日宮地の帰りは遅いらしい、けれども祝いたい気持ちは変わらないのでせめてささやかな祝いでもと準備していたが、

「ご覧ください!この盛り上がり!みゆみゆがついにトップになりました!!あっ、あのピンクのハッピを着た方に話を伺って見ましょう!!みゆみゆおめでとうございます!今のお気持ちをどうぞ!」
「もう最高っす!一生みゆみゆについて行くっす!」
「ではみゆみゆに向かってカメラに一言お願いします!」
「えーと、みゆみゆ愛してます!結婚してくださいっ!!」
「宮地リーダーずりぃっすよー!!」
「るっせぇな!てめーら轢き殺すぞ!!」

この番組を偶然見てしまい準備をするのをやめた。

そりゃあ応援していた子が1番になったら嬉しいだろうし、アイドルと一般人が付き合う確率が低い事ぐらいわかっている、わかっているけれど何処か腹立たしい。

「(宮地さんのバカ)」

ふぅっ、と息を吐きながら軽い物を作り適当にシャワーを浴びてまたTVをつけた、どの番組を見てもアイドルについてのことしかやっていない。
モヤモヤとした気持ちが広がり胸の中をおおい尽くし始めたが、それを拭い去るようにベッドに倒れこみ頭の中を整理した。

「(宮地さんがアイドルのライブに行って、それで好きアイドルに好きって言ってて…アイドルはみんなのものだから、我慢しなきゃ…ダメだよね…)」

アイドルはみんなの憧れでみんなのもの、だから俺はそんなアイドルたちを応援したい。
いつかそんな事を言っていた宮地は真剣な面持ちではっぴを作っていた、そのはっぴでTVに出ていた宮地はとても楽しそうに、嬉しそうに笑っていた。

「(宮地さん俺といる時、あんなに笑ってたっけ…?)」

あんなに楽しそうに笑っている顔、もしかしたら見たことがないのかもしれない。俺の知らない笑顔で、声で、仕草で、あのアイドルを応援しているのかもしれない、そう思うと胸の中がざわざわするけれど、自分にだって昔ヒーローに憧れたり、ヒロインにドキドキしたり誰にだって手の届かないものに憧れた時があるんだとわかっているのだが、どうしても胸が痛い。

「(早く帰って来てよ、宮地さん)」

水戸部はそっと眠りについたが頭の中は宮地でいっぱいだった。

 

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プラトニックノイズ

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