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とある男と

空は青い、この星の住人のオプティックのように青い。
重い排気を出しながら、その男は大通りのベンチから空を見上げていた。
道行く者たちは、ベンチに座る男を見ては不思議そうな顔をしたり、クスクスと笑ったりしていた。
それもそうだろう、ここは金属で出来たこの星の最先端の技術を集約したような街で、男は採掘場の穴底で働く最下層の労働者で名前すら無かった。
…それに薄汚れた最下層の者の横には誰も好き好んで座らないだろうしな。
穴底で働くためにいくら落盤しても壊れない頑丈さが必要な為、機体は必然的に大きく頑丈なもので、ここで働くものとは明らかに形が違う。
そんな男が場違いな場所にいるのだ、目立たないわけがない。
そんな事を思いながら、汚れを手で払うと、薄汚れた汚れの下から銀色が覗く。
…水では完全に落ちなかったか。
最下層の労働者のために、わざわざシャワー室を設置してくれるほど今の上司は優しくはない。
男は、この世界を呪うように空を見上げ、後ろにそらしていた機体を引き戻し、今度は地面を睨みつけるように前に機体を屈めた。
上司に言われた事と、役者の奴らに言われた事を思い出し、また一つ排気する。
…「学もなく名前も無い労働者」か、
確かにそうだ、しかしその言葉は男のような最下層の者には必修ではなかったために、自ら進んでやろうとする者はいなかった。
仕事場の労働条件の改善を訴えたが、ろくに取り合ってもらえずに投げつけられた言葉は男の胸に突き刺さったまま、依然として痛み続け。
その痛みと同時に何かが歪みだし、痛む心がゆっくりと鋭利な刃物のように、固く尖り始めっていくのを感じた。
そんな時、視界の端に何かが見え、オプティックだけを動かし確かめると。

「…。」
「…?」

まだ製造されて日も浅い、プロトタイプの子供が横に座り男を見つめている。
塗装が乾くまでのわずかな時間も我慢ができずに走り回り、塗装にムラやハゲを作ってしまうのが何よりの証拠だ。

「…なぜ横に座る。」
「ダメだったの?」
「いや、そうではないが…」

…そうではないが
もう一度そう呟くと、黙り込んでしまった。
…なぜ好き好んでココに座るのかが理解できん。
他にも空いているベンチはいくらでもある、しかしこの子供は誰も座ろうとしなかった、薄汚れた最下層の労働者である自分の真横に座ったのだ。

「…変なやつだな」
「へん?」
「お前はなぜ他の空いてるベンチに座らずに横に座るのだ…」

こんな汚くて、嘲笑されるような最下層の者の横に…と、男が付け足すと、大きなオプティックをキュルリと動かし男の手に触れた。
手にはまだ汚れが付いていたが、その子供は構う事なくその汚れを自分の手に伸ばすと。

「これでおそろい!」

と、男に汚れた小さな手を見せた。
小さな黒い手には自分と同じ泥が付いていたが、子供はどこか嬉しそうだった。

「…お前は一度ブレインサーキットの検査に行ったほうがいい」
「おそろいなのに?」
「お揃いでもだ」

…子供は何を考えているかわからん。
苦手意識がつのるのと同時に、同じ採掘場で働く同機型たちの事を思った。
彼らも男と同じように薄汚れ、傷だらけだった。

「またむずかしい顔してる」
「お前にはわからんだろうがこっちには色々あるのだ」

汚れながらも健気に働く同機型たち、それを嘲笑しながら贅を尽くした生活をする上司。
腐敗しきったこの世界は生きるには、時として我慢だって必要なのはわかっていたが、時々疑問を抱かずにはいられない。
そんなやりきれない思いが表情として顔に出てしまう。
きっとこいつにはわからないだろう、男はそう思いながら軽く排気をした。

「名前なんていうの?」

…なぜ今名前を名乗らなくてはならんのだ。
冷静に考えていると、子供はもしかして聞こえなかったんだろうか、と言いたげに首をかしげた後、なまえ!教えてよ!と言い直した。

「名前、名前は…無い…、いや、正確には個人名は無いが、採掘場…仕事場で働くブロック名はある。」
「それって…自分でつけたの?」

不思議そうにな顔をして子供が聞いてくる。
きっと今までこんな奴に出会ったかことがないのだろう。
自分とは違う汚れのないこの子供のことを思うと、男は自分自身の汚さに嫌気がさした。

「…いや、上司に付けられた」

他人に付けられた名前は自分自身を表す言葉ではないが、今の男にとって名前と呼べるものはこれしか持ち合わせていなかった。

「それってなんかお花みたいだね!」
「…はぁ?」

こいつは何を言っているんだ、やはり子供の考えている事はわからん。
そんなことを思いながら排気を一つ付いていると、えっとねー、と持っていたデータパッドから様々な花の画像を見せた。

「あのね、お花はね、誰かに付けられた名前でみんなから呼ばれてるけどね、それはお花には関係のない名前なんだよ!」
「…!」
「だから名前が無いなら自分でつけちゃえばいいんだよ!」

男の中で何かが崩れた音がした。
それは自分の中で積み上げられていた劣等感なのか、最下層の住人だと言われ続けて蓄積していったレッテルなのか、男にはわからなかった。
けれど、心の中に積もっていたものは完全に消えてなくなっていた。


「メガってば!」
「っ…!」

突然の声にメガトロンはハッとして飛び起きたが、その勢いが強すぎて覗き込んでいたバンブルビーの顔にあたってしまった。

「っだぁあ!もう何すんのさ!」
「あ、いや…すまない…」

もおぉ!と額に手を当てて痛みを抑えて怒っていたがバンブルビーはすぐに怒るのをやめ、メガトロンの顔を覗き込んだ。

「なんか幸せそうな顔してたから気になったのに…」
「は?」
「メガったら寝てるのに苦しそうな顔したりニコニコしたりしたんだよ?」

どんな夢見てたの?とバンブルビーは笑って聞いてきた。
メガトロンはそのことについて答えたかったのだが、先ほどまで見た夢の内容は全く思い出せなかった。
…小さくて、小うるさくて、黄色い。ような…。
気がしたが…と、メガトロンが思い浮かべていると視界にバンブルビーが飛び込んできた。
…まさか、な。
ありえない事だ、そう思いながらメガトロンはバンブルビーを見つめた。

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